改訂版ドルフィン・ジャンプの15 マックス救出作戦

改訂版ドルフィン・ジャンプ全29章 目次です

ドルフィン表紙

 

 

  15 マックス救出作戦

 ハルバート夫妻と、カノン、理沙は病室のルークを見舞った。
 その部屋は人が最も落ち着く胎児の見る配色といわれる淡い青に塗られてる。ベッドの上の頭に包帯を巻かれたルークを見つけると、カノンは嬉しそうに言った。
「お兄さん、元気そうね」
「そういうカノンこそ、不必要に嬉しそうだな」
「だって、私、今までお見舞いされるばかりだったの。だから、誰かをお見舞いするのが夢だったんだ。今回、人生初めてのお見舞いなの」
 ルークは「なるほど」と苦笑した。
「夢を叶えてやれてよかった。カノンの病気は大丈夫か?」
「うん、心配ないってさ。私、自分の意志で行動できたから強くなったのかもよ」
「そうか、よかったな」
 エリザベスが尋ねる。
「ルーク、どう? 麻酔が醒めて、頭はハッキリした?」
「まだ少しだるいよ。だけど研究所で捕らえられた記憶は全くないままで」
 ハルバート博士が言う。
「そうかもしれない、今回は発信機を外しただけだからな」
「発信機はどんなやつでしたか?」
「2ミリ×4ミリの精密な電子チップだ。電子回路に詳しいアランというハッカーを呼んである。私の別荘で見てもらうつもりだ」
「そうですか」
 ルークはハルバート博士に言った。
「博士、あの組織は僕らの無事を知ったら、また殺しにかかってくると思うんです」
「そうだな、その可能性が強い」
「その前に、僕の頭に入っていたチップを証拠として奴らを告発したいと思います」
「うん、告発か」
 ハルバート博士は顎を撫でて考え込み、言った。
「ひとつ注意しておかなければいけないことがある」
「何です?」
「おそらく相手が強大だという点だ。あの高性能の電子チップを開発したこと。大きな研究所を構えていること。衛星まで使ってイルカや人間を監視していること。
 今わかっていることだけを総合しても、相手の資金力、技術は、もしかしたらFBIやCIAより上かもしれない。場合によっては警察やFBIの中にまで奴らの工作員が入り込んでいる可能性も想定した方がいいだろう」
 ルークは思わず声を上げた。
「それじゃあ、博士は抵抗せずに逃げ続けろと言うんですか」
「いや、そうは言ってない。ただ相手が強大だから作戦は念には念を入れて練らなければならない。私が言いたいのはそういうことだ」
「わかりました」
 ルークが頷くと、カノンが発言する。
「博士、私はイルカのマックスから助けてほしいってテレパシーを受け取ったの」
「うん」
「だから、どうしてもマックスを助けたいんだけど。それはできますか?」
「うん。奴らもまさか本気でイルカを守ろうとする人間がいるとは予想してないだろう。つまり相手の油断がこちらのチャンスだ。イルカを助ける事は出来ると思うよ」
 ハルバート博士はカノンに諭した。
「そのために積み木をひとつひとつ積み上げるように、隙のないマックス救出作戦を組み立ててみよう」
 ハルバート博士はカノンに質問を出す。
「まず、マックスは今、どこ?」
「シーパーク水族館」
「敵に存在を気付かれているかい?」
「たぶん、まだ気付かれてない。水中ならイルカの電波は届きにくいんでしょ?」
「うん、水中は安全だね。だけどイルカを運ぶ時はトラックに載せるしかない。トラックに載せてる間はどうしたらいいかな?」
 ハルバート博士に聞かれてカノンは嬉しそうに答えた。
「わかった! マックスにもルークが着けたようなターバンをかぶせるの」
「うん、そういうことだ。ただターバンじゃ落ちてしまうから、私の研究所で余ってる電磁波シールドシートに紐をつけてずれないようにしよう」
「はい、お願いします」
「さて、なるべく水族館にも気づかれないように救出したい。だとしたら、マックスを救い出すのはいつがいい?」
「ええと、リサ、どう?」
 カノンは理沙を振り向いた。
「そうね。日曜の昼間が一番混むから、その後は疲れもあって警戒が緩むわね」
「つまり、日曜ということは明日決行だ!」
 ルークがやる気満々で叫ぶと、カノンが言った。
「じゃあ先生、私、こっちに泊まるってお母さんに説明しないと」
「うん、じゃあしばらく無理せず様子を見るよう医者に言われたと伝えよう」
 ハルバートがお膳立てを述べ、理沙はルークに釘を刺した。
「ただルークは手術したばかりなんだから、寝てなきゃだめよ」
「腹部や足の手術なら無理だけど、頭なら傷口が開くこともないし、大丈夫だよ」
 ルークがそう言うとカノンも心配して止めようとする。
「お兄さん、黴菌が入ると危ないよ」
「カノンが俺にマックスを助けてくれって頼んできたんだぞ。それなのに、肝心の俺がいなきゃ話にならないよ。こっそりここに戻れば感染が起きてもそんな大変なことにはならないだろうし俺にやらせてくれよ、いいだろう?」
 するとエリザベスが言った。
「いいわよ、自分で責任を取れるならやりなさいよ」
「ありがとう、エリザベス」
「そうと決まれば私も協力を惜しまないよ」
「ありがとう、ハルバート博士。
 じゃあ、具体的な救出方法と必要な道具について考えよう」

  ◇

 夜の11時。月の明かりは穏やかな海面のさざ波に蛍を宿したように映えている。
 シーパークに近い海辺にひと昔前のピックアップトラックが止まっている。運転席のすぐ後ろにはミニクレーンがついていて、例えば故障したバイクなんかを持ち上げる時などに使えるものだ。
 長い荷台には大きな防水シートが敷き詰められて、端っこは側面からはみ出している。そこへハルバート博士、ルーク、理沙、さらにカノンまでがバケツに海水を汲んではあけていった。運転席の後ろにはマックスの頭が運転席に直接激突しないよう浮き輪が紐で括りつけられている。
 カノンが笑顔を見せてルークに言う。
「お兄さん、きっとうまくゆくよね」
「もちろんだ、何も心配ないよ」
「本当は私、すごく怖いの。悪い奴らが本気で怒ったら、そう思うとすごく怖い」
「心配するなよ、そんなに怖がってるとイルカたちに笑われるぞ」
 頭に包帯を巻いたルークは、ウィンクして見せた。
 荷台に水がたまり水深が5センチ程になったところでハルバート博士が言った。
「体を湿らすことができればいいから、こんなところでいいだろう。深いと重くなりすぎて、車を運転するのが大変になる」

 昼間はライトブルーのシーパークの建物も暗灰色に眠っている。ルークの運転するピックアップトラックが裏の搬入口の前にそっと止まった。その後ろにハルバート博士の運転するSUVワゴンが止まる。
 ハルバート博士の一行は、懐中電灯で足元を照らす理沙に従って正門にまわった。
 大きな正門のすぐ脇には鉄製の従業員通用扉がある。理沙は合鍵でその扉を開け中の様子を窺う。
 夜間は特別なことがないかぎり宿直の老いた警備員が一人いるだけだ。その守衛室の明かりも今は消えている。 
 理沙は小声で「大丈夫、入って」とルークとカノンとハルバート博士を呼んだ。
 ルークとカノンとハルバート博士は素早く内側に入り、通用扉を閉めた。
 四人は敷きつめられた砂利の上をなるべく足音を立てないように歩く。
「悪いことしてる気分だね」 
 ルークが囁くとカノンも囁き返す。
「私たちはイルカを思いやって助けてあげるだけ。ただ他人にわかるように説明するのが大変だから、こうしてこっそりしているけど悪いことじゃないの」 
 自分に言い訳するカノンの口調が可愛らしくて、ルークは微笑んだ。
 四人は守衛室のある建物には近づかず搬入トラックのための舗装路を足音を忍ばせて進んだ。

 扉とシャッターが並んだ搬入口の前に辿り着くと四人はほっと溜め息を吐いた。 
「もういいよね」
 声を上げたカノンに、他の三人はシーと一本指を立てる。
 狭い階段を上がって搬入口の左端のドアを引くと、建物の床面は80センチほど高くなっている。その右側はシャッターの降りた搬入車両の駐車スペースで地面の高さでコンクリートが打たれている。 
 中に入った四人は長さが1メートルを越す大きな台車にビニールシートを乗せて押し、イルカたちのいるプールに向かった。

「イルカたち、寝ているかな」
 ルークがつぶやくと理沙がカノンに教えた。
「カノンちゃん、知ってる? イルカって円を描いて泳ぎながら、片目を閉じて頭の半分ずつ眠るの」
 カノンがびっくりして言う。
「へえー、泳ぎながら寝るの、器用なんだねえ」
 ハルバート博士が解説してくれる。
「身を守る本能だよ。イルカは肺呼吸だから本当は水面で寝たいんだ。でもプカーと浮いてると敵に狙われて危険だ。だから泳ぎながら脳の半分ずつ眠るように進化したんだ」
 ルークが頷いた。
「なるほど。でも泳ぎ疲れしそうだな」
 
 外は曇り空で月もないから、プールは暗い沼のように見えた。
 理沙がプールサイドに立つと、イルカたちはすぐに気づいて水面に顔を出し、キキキッと鳴いた。
「今晩は、みんな元気そうで安心したわ」
 理沙が呟くと、ルークはカノンに尋ねた。
「ねえ、カノン、イルカたちは俺が挨拶したらわかるかい?」
「さあ、やってみたら」
「こんばんは」
 ルークが挨拶すると、イルカたちは嬉しそうに胸びれで水面を叩いた。
「お、俺の挨拶が通じたよ」
 ルークが歓喜すると、カノンが両手を胸の高さで開いて手首を上にした。
「残念でした。リサお姉さんがサイン出したのよ」
 ルークはがっかりしたが理沙にもう敵意を見せたりしない。クルーズで助けた時に理沙も礼を言ってくれたし、ルークは仲直りのきっかけを探しているところだ。その気配はたぶん理沙にもわかっていて、カノンにも気付かれている。
 理沙は小さな声で指示を出す。
「マックス、お医者さんに連れて行くわよ」
 するとカノンもマックスに語りかける。
「マックスの体の中を調べて悪いものがあれば、取り出してあげる。他のみんなは声をたてないで静かにしていてね」 
 するとイルカたちは揃ってキキキと声を上げる。 
「わかってないわ」
 カノンが嘆くと、みんなは噴き出した。

 ルークはプールサイドの台車の上に、金属で縁取りされた穴付きの頑丈な布シートの端を2メートルほど広げて、台車が動かないように押さえた。
「マックス、あの台車の上に上手に着地するのよ、できるわね」 
 カノンは、「マックス」と呼んで手でジャンプのサインを送り、台車を指差す。
 マックスは弧を描いてバックすると、ぐんぐん勢いをつけ前に進み、プール際で体を大きく反らせてジャンプ! 
 流線型の体は1メートルほど滑空して、シートの上に見事に着地した。
 ルークが急いで電磁波シールドシートをマックスの頭にかけて紐で固定を始める。
 理沙はマックスの頭を撫で、カノンも褒めてやる。
「えらいわ、マックス。でも夜のおやつは虫歯になるからご褒美はおあずけよ。悪い奴に見つからないよう病院に着くまで頭にシートをかけたままだけど我慢してね」 
 ルークは下のブルーシートを引っ張って、マックスの重心が台車の中央にくるように調整する。理沙とハルバート博士はアルミのシートをマックスの頭部にかけ、濡れた毛布をマックスの体全体にかけて、台車をゆっくり押して進みだした。 
 大きな音を立てないようにゆっくりと搬入口のシャッターを開けると、待っていたエリザベスが降りてきた。
「マックス、もう少しで出られるから頑張って」
 カノンがアルミシートを覗き込んでマックスの体を撫でて励ますとマックスはクウと鳴いて答えた。

 ハルバート博士はピックアップトラックに乗り込み、理沙の誘導でバックして搬入口の段差にぴたりとつけた。そしてマックスの体がピックアップトラックの側面に並ぶように台車を動かした。
 しかし、ピックアップトラックの荷台のハッチ板が台車より40センチほど高くなっている。そこでミニクレーンの出番だ。マックスの下に敷いている布に鎖を通して、それをクレーンのフックにかけ、布ごと持ち上げて荷台に乗せてしまおうというのだ。
「こんな小さいクレーンで大丈夫かな?」
 カノンの心配そうな声に、ハルバート博士が笑う。
「このクレーンは重いハーレーダビッドソンでも持ち上げられるんだ。
 マックスの体重は300キロないそうだから大丈夫だよ」
「そうなんだ」
 理沙がマックスに言い聞かせる。
「マックス、しばらくおとなしくしていてね。次はトラックに乗り換えよ」
 ハルバート博士がクレーンの操作レバーを動かすと、マックスは包んでいる布ごと持ち上げられた。
 ルークはマックスの体がぶれないように押さえてやる。
「いいわよ、マックス、もう少しじっとしててね」
 マックスは言いつけを守ってじっとしている。
「マックスがおとなしくしてくれるから、もう少しで荷台に降りられるからね」
 マックスの体は布に包まれたまま、荷台に慎重に降ろされた。
「いいぞ、マックス、あと5センチだ」
 マックスの体が荷台の水に着くと、カノンと理沙はマックスの体を撫でて口々に褒めてやった。 
「えらいわ、マックス」
「おりこうね、もうすぐ自由にしてあげるわ」

  ◇

 荷台にマックスを乗せたピックアップトラックは、夜明けの五時をまわった頃、チョウ医師の待つサンノゼ総合病院の救急外来口に到着した。

 ハルバート博士が車から降りると、腕組みしたチョウ医師が迎えた。
「本当に来たのか?」
「うん、俺は有言実行だからな。患者は荷台にいる」
「うむ、ストレッチャーに移そう」
 チョウ医師は車輪付のストレッチャーを押してピックアップトラックの後ろにまわった。
「麻酔医はお前がやれるんだろうな」
 チョウ医師が聞くとハルバート博士が答える。
「人間相手は法的に無理だろうが、イルカ相手なら何度か経験がある」
「こんなことがばれたら、俺はきっとクビだぞ」
「そうしたら、一緒にイルカ相手の病院を開こう」
「儲かるほどイルカの患者がいればいいがな」
 二人は笑い合った。
 ルークと理沙とハルバート博士はピックアップトラックの荷台の後部ハッチを開き、シートを持ち上げてアルミシートと毛布をかぶせたままマックスの体を押しながらストレッチャーの上に滑らせた。
「よおし、そこでストップ」
 カノンがマックスに状況を説明する。
「マックス、お医者さんに着いたから、これから頭の中の悪い機械を取ってもらうんだよ。そしたら、もう逃げなくてよくなるからね。しばらくおとなしくしててね」
 マックスはキキィッと返事した。
 
 手術室はルークの時と同じMRI検査室だ。
 ハルバート博士が血圧、脈拍を監視する中、チョウ医師はまず小型無線機のスキャン機能でどの辺に電子チップが埋まっているかの当たりをつけてから、メスでマックスの脳内のチップに迫っていた。
 エリザベスは助手としてチョウ医師に手術器具を手渡している。
 ルークはイルカの体内から発信機が摘出される様子をハンディビデオカメラに撮影していた。カノンと理沙は手術室に入るのは遠慮した。
「見えてきたよ」
 チョウ医師のメスの先にチップの小さな基板が姿を現した。
 ルークがビデオのためにナレーションを入れる。
「これは超小型の発信機になっていて、衛星などから電波で監視するためのものです」
「大きさはルークの脳に埋め込まれていたものより大きいようだ。7、8ミリはある。
 うん、これはなんだ?」
 チョウ医師がチップを慎重に動かすと、上のチップの下にもう一枚ひとまわり小さいチップが重なっているのが見えた。
「どうもルークに埋め込まれていたチップより大きいね。性能が劣るせいなのか、逆に機能が増えたせいなのか、回路の設計が古いせいなのかはまだわからない。
 リード線が二本。一本は脳幹に向かっているが、もう一本は側頭に向かっている。側頭部の方はアンテナの役目もあるかもしれない。
 チップは生物の組織と色や材質が明らかに違う爪のようなもので固定されている、今から切除しよう」
 メスでチップに近い側の爪を次々に切断し、チップをピンセットでゆっくりと取り出してゆく。
「今、チップがイルカの脳から切除されました。
 二枚重ねの電子回路基板です。つながっているリード線は比較的簡単に抜けました。
 誰がどのような企みでイルカにこのようなチップを埋め込んだのか? そして私の脳にも誰がどのような企みで同じようなチップを埋め込んだのか? これからチップの分析を手がかりにして、追及してゆきたいと思います」
 ルークは自分にビデオカメラを向けてコメントをしめくくった。
 チョウ医師は手早くマックスの頭を縫合して閉じた。
 マックスの乗ったストレッチャーが手術室から出て来ると、カノンと理沙が急いで駆け寄った。
「大成功だよ」
「よかったね、マックス」
 カノンが撫でるとマックスはウィンクするようにまた目をつぶった。

つづく