改訂版ドルフィン・ジャンプの16 告発

改訂版ドルフィン・ジャンプ全29章 目次です

ドルフィン表紙


 

  16 告発

 マックスは再びピックアップトラックに乗せられたが、ルークはサンノゼ総合病院に留まった。ピックアップトラックは昼前にハルバート博士の研究所兼別荘に到着した。
 ハルバート博士たち四人は病院から拝借したストレッチャーでマックスを桟橋の先まで運んだ。 
「マックス、別荘の下にある洞窟に入っておいで」
「私たちもそこに行くからね」 
 カノンと理沙がそうマックスに言い聞かせてから、四人が力を合わせてストレッチャーを海に向けて傾けるとマックスは滑るようにして海の中に飛び込んだ。
 そして急いで別荘に入り地下室の洞窟ホールに出てみると、洞窟の水面には既にマックスが到着してキキキと笑った。
「すごい。ちゃんとわかってる」
 カノンが言うとハルバート博士も頷いた。
「おそらく別荘とか洞窟という単語は初めてでも、単語が意味するイメージは的確に伝わっているんだろうね。言葉を聞くのではなく考えが伝わるんだ。たいした能力だよ」
 エリザベスも感激して言った。
「人間とイルカがダイレクトにコミュニケートできるなんて、夢みたい」
「これは文明が新しい段階に入ろうとしている証しだよ。カノンと理沙はそのパイオニアなんだ。それを目撃できる私たちは幸運だ」
 カノンと理沙はマックスに話しかけ、それに応えてマックスは洞窟の天然プールを泳ぎまわってみせた。
「マックスも疲れてるから、たっぷり休ませてあげるんだよ」
「はい、博士」
「それからリサ、傷口と体温を注意して観察してやってくれ。
 感染の兆しがあったら抗生物質を与えなきゃならない」
「ええ、感染症の対処はしたことあるから任せてください」
 理沙が自信たっぷりに頷いた。
 カノンが突然に申し訳なさそうに言った。
「お姉ちゃん、ごめんね。今頃、シーパークはマックスがいなくて大騒ぎだよね?」
 理沙は笑った。
「あら、そんな心配するなんて可愛い泥棒さんね。大丈夫よ、マックスがいなくてもショーはできるから。私たちはマックスを守るためにやったのよ」
「でもお姉ちゃんが一番仲が良かったならきっと警察に疑われるよ」
「私の部屋のバスタブにマックスが隠れてたらアウトね」
「無理よ、バスタブからはみ出ちゃうわ」
 二人は笑い合った。  
 
  ◇
 
 ランチを食べていると来客があった。ハルバート博士が玄関に出てゆくと長髪でショルダーバッグを肩にかけたジーンズ姿の男だ。
「やあ、アラン。よく来てくれた」
 アランにはクルーザーに様々な観測機器を積む時に何度か世話になっている。
「博士、お久しぶりです」
 アランは博士と握手するとすぐにショルダーバッグからパスポートサイズの機械端末を取り出してスイッチを入れた。端末の側面にはLEDのインジケーターがついているが灯っているのは電源の黄色と安全な電波の緑色だけだ。
「えーと盗聴の電波はなさそうですね。ああ、このチェックは無料です。僕自身の安全のためでもありますからね」
「うん、さあ中へ」
 家の中に入るとアランが尋ねた。
「どんな依頼ですか? NSA内部のハッキングが必要だとあいつら時々セキュリティーを強化するので10万ドル以上の時価になりますけど」
「その必要はないと思う。見て欲しいのは電子チップだ、その性能と用途の査定をしてほしい」
「OK。それならだいぶ安く済みますよ」
「助かるよ、地下室だ」

 ハルバート博士とアランは地下室に入った。
「デスクの上のアルミ袋の中なんだが。追跡電波が出てるため取り出しは電磁遮蔽が完璧なMRIで行った」
「なるほど。では応急の電磁遮蔽をしましょう。『パンドーラ二世号』の壁遮蔽に使った薄手の電磁波シールドの残りがあると思うんで使いますね」
「ああ、ついこの前使って戻してあるから使ってくれ」
 アランは博士の助けも借りてまず壁際の本棚をデスクの前に寄せた。そして椅子の背後のスペースにももうひとつ本棚を移動した。これで本棚が向かい合った空間にデスクが隠れる。さらにアランは大きな資材ボックスから薄手のシートを引っ張り出してきて、二つの本棚の外周をすっぽりと覆った。
 アランはシートをはぐってシートの中に入りデスクに向かった。そしてアルミ袋から二枚の電子チップを取り出した。そしてアーム型のルーペで拡大しながら見てゆくとアランは声を上げた。
「これはすごいな。一見普通の回路板に見えますがプリントの密度が段違いに細かい。さらに防水シールド皮膜が張られている。これはどこから取り出したんです?」
「小さいチップは人間の側頭部。厚いチップはイルカの側頭部」
「イルカの? いや人間の方で驚くべきだったかな。つまり脳髄液にさらされるから防水処理なんですね」
 アランはショルダーバッグからデジカメを取り出してチップ回路を撮影した。さらにチップを裏返して撮影してデータをデスクのパソコンに送る。
「どんな感じだい?」
 ハルバート博士が尋ねるとアランは答えた。
「端子がいくつかあって、これは充電池ですね。あとの部品はカスタムチップのプリント化がされて効率的に動くようになってる。リード線で接続してるのはアンテナかもしれません。こちらの端子は平たく接していたと思われます。回路の全体から分析しないと断定できませんが、低周波治療器のように脳細胞に直接電気信号を与えていたかもしれません。詳しく解析してみますよ」
「うん、頼んだよ」 
 ハルバート博士はアランにそう言って地下室から引き上げた。 

  ◇

 その日の夕方、ルークはチョウ医師から急いで別荘兼研究所に戻るように言われた。なんでも大変なことがわかったというのだ。
 ルークがハルバート博士の研究所に着くとエリザベスも緊張した表情で迎えた。
「ルーク、夫が待ってるから、すぐに地下に行って」
「何があったんですか?」
 ルークが尋ねると、エリザベスは「ビデオが見つかったのよ」と囁いてルークの肘を階段に向け押し出した。

「博士、帰りました」
 ルークが研究室のドアを開けると、ハルバート博士と長髪の男性がパソコンの前に座っていた。
「お帰り、ルーク。紹介しよう、こちらはチップの解析をしてもらったアランだ」
 ルークはアランと握手を交わす。
「初めまして、アランです」
「ルークです」
「アランは電子部品の専門家なんだ。彼がその気になれば誰の指紋でも認証をパスしてATMから延々と紙幣を抜き取れる」
 博士の言葉にルークが驚く。
「エー、ホントに?」
「やめてくださいよ、それじゃあ犯罪者じゃないですか。ちょっとだけ違法な改造が好きなだけですから」
 おかしな弁解に博士もルークもニヤニヤと笑った。
「それより大変なことと聞きましたが」
「そうなんだ。アランに例の電子チップを見てもらったら、大変なものが出てきた。
 アラン、いきさつを説明してくれるかい」
「オーケー。まだ全ての解析が終わったわけではないけど、あのチップは、電池の代わりに最先端のナノテクノロジーで動くようになっているんだ。
 そもそも人間の脳や神経はものすごく微弱な電流で動いてる。あのチップはその微弱な電流で動作するように出来ている。この驚異の技術の実現は民間企業なら大きな宣伝になるはずだが、まだどこも公表してない」
 ルークは頷いて言う。
「じゃあ、公表できない組織が開発したチップだということですね」
「そういうこと。でも問題はその先なんだ。イルカから取り出したチップから、とんでもないビデオファイルが出てきた。今、再生するよ」

 パソコンの画面にビデオ画像が映った。
 椅子に座ったブロンドの天然パーマで細い目の中年男がこちらに語りかけてくる。
「DDPデイドリームプロジェクト研究所、上席研究員のフィリップです」
 その言葉を聞いたとたんにルークはぞっと寒気を感じた。消された記憶にあった何かが一瞬で刺激されたのかもしれない。
「このビデオの目的は私の属する研究所と、その上部組織が行ってきた恐ろしい陰謀計画を明らかにすることです。
 私は最初からこの陰謀の全貌を知っているわけではありませんでした。非人道的な研究を命令され組織に逆らうことができず、長年それに従ってきました。しかし、今、良心の呵責とまだ残っていた正義感から、知りうる限りの全容を探り告発を決意しました。
 私が行ってきた研究はデイドリームプロジェクトと呼ばれ、主催は『真秩序の使徒アポストルオブトゥルーオーダー』ATOという巨悪組織です。彼らは自分達が支配者になると嘯いており、現実に連邦にコネを持つ民間軍事会社を隠れ蓑にして連邦政府を乗っ取る陰謀まで企てているようです」
 
 画面にデイドリームプロジェクトというタイトルが現れる。矢と月桂樹を掴んだ鷲が大きな三角形で囲まれた画像だ。
「ことの始まりは東西冷戦時代、アメリカ合衆国が陸軍で真剣に超能力、テレパシーを研究してきたことから始まります。やがて西暦1980年代半ばから新型人類ニュータントが出現しはじめました。
 このニュータントは新しいニューと突然変異のミュータントの合成語で、テレパシー能力の覚醒しかけた人類に対して巨悪組織ATOがつけた呼び名です。

 さて一部の人々が気づいているように現在の体制は民主主義のふりをした、ひと握りの権力階級による支配体制です。巨悪組織ATOはあらゆる機会を使って、富とそれを維持する権力の偏在的独占を進めています。
 奴らのデイドリーム計画をひとことで言うなら大衆を扱いやすい精神的奴隷にして支配しようというものです。さすがに時代を逆行させて大衆を肉体的奴隷にすることはもはや不可能です。しかし、心地よい刺激と美味しい食事、わくわくする感動体験を与えてやると、大衆はその背後に潜む搾取と精神支配のシステムに気づくことなく、さらに他の大衆への拡散にまで協力してしまうのです。
 そう、奴らが目指しているのは映画「マトリックス」の世界です。
 支配者側にとって都合がいいのは不要なものでも購買する風潮の構築、流行と言う名の単一ロットまたは同系ロットでの大量消費、軍事物資の定期的な在庫一掃セールとしての戦争などであり、支配者たちは同時多発テロの前にはなぜか株を大量に売り持ちにし、原油プラントの火災の前にはなぜか原油を買い漁り、あらゆる出来事から貪欲に富を得ています」

「このような世の中でもし現実にテレパシーが実現し普及すると、どのような影響が起きるかを考えてみてください。
 あなたはテレパシーというものを過小評価して言うかもしれません。仮にテレパシーのできる人間が、数人、いやもう少し多く十人、百人いたところで何もできないだろう。そんなのは体制にとって脅威じゃないだろうと。
 確かに現在のニュータント絶対数はまだ極めて少数ですが、何も対策を実行せず自然に任せておくと、いつかある臨界値を超える『臨界ジャンプ』が起き、あっという間に拡散し人類全体に及ぶ進化となり得るのです。
 そうなったら巨悪組織ATOが仕組んできた風潮や流行の演出、戦争の本当の理由や投資における裏の意図と演出を察知され暴露されて利益がなくなります。
 こうしてニュータント人口の爆発的増加が起こり、将来に政治的な一大勢力となり平和な革命を惹き起こし現在の支配者は退場を余儀なくされます。
 だからこそ、巨悪組織ATOはテレパシーを敵視しているのです。
 そこで巨悪組織ATOは個人のプライバシーを侵害するテレパシーの危険を密かに訴えて広めようとしています。さらに彼らは既に覚醒しかけたニュータントを大きな地下室で植物人間状態にして監禁し、彼らをリトマスと呼んで交信させ、それに返答する相手を数えることで覚醒したニュータントの全体数の把握に努めています」

 画面にプールで静かに泳いでいるイルカが映る。
「さらに彼らは一般人のテレパシー覚醒を芽のうちに摘み取ることを決意し、そのためのリサーチと対策に巨万の予算をつけて二十年も前にデイドリームプロジェクトというコードネームで研究を始動したのです。
 さてニュータントがテレパシーを行う仕組みはこうです。
 意識の媒体は光の量子であるフォトンです。
 量子を知覚できる似たような構造細胞を我々はニュータントの視床下部の近くで発見しました。これは普通の人間でもある知覚細胞ですが通常は活性化されていません。
 ニュータントはこの細胞で受信した内容を電磁波データに変換し、さらに変調して聴覚野に渡すことがわかったのです。
 この仕組みの信号を乗っ取ることで意識統御チップDDM1が開発されたのです。
 通常、耳から入った音が意識化される手順はこうです。
 人間の一次聴覚野は周波数に応じたトノトピー・マップの構造を持っていてここに届いた音素は、二次聴覚野のオクターブ構造により加工されて認識しやすい音素となり、三次聴覚野により時空認識系に統合されて音として意識されます。
 人間が聞く音の範囲は周波数にして20~2万ヘルツでこれは電磁波の極超長波に大半が重なります。
 逆に言うとこの周波数まで変調すれば普通の人間でもより高い周波数の電磁波を言葉として認識することが可能であり、遮断すればテレパシー能力を失うわけです」

 画面に意識統御チップがズームアップされる。
「聴覚野に意識統御チップを組み込み知覚細胞と前頭葉に接続することで、意識統御チップDDM1はみっつの機能を発揮します。
 ひとつは視床下部の内部で起きるニュータント構造活性化を抑制すること、ふたつめは抑制の反対で活性化し覚醒させること、みっつめは意識や感情のコントロールです。感情を凶暴化して破壊的な暴徒として街の破壊に利用したり、逆に鬱状態に誘導し政治活動、発言などの意欲を抑止するのです。
 私たちはこのチップによる実験を始め、民衆に気づかれないうちに意識統御チップDDM1を埋め込むという戦略を開始しています」

 画面にイルカの頭を切り開いて意識統御チップを埋め込む様子が流れた。
「最初の実験はチンパンジーで始められましたが、すぐにイルカが主流になりました。なぜならイルカの方がチンパンジーよりテレパシーに関する領域がすでに発達しかけていると分かったためです。
 実験を具体的に説明すると、まず意識統御チップDDM1を埋め込みます。
 このチップはテレパシー領域の活性化を阻むと同時に、数億の脳細胞と同じニセ信号を放ちます。実験では意識像を歪めたり負のイメージ信号を多数追加し、さらに前頭葉に刺激を与えることで、感情を上下させることに成功しました」

 画面のイルカは体当たりを始め、その激しさを増し、体に傷を負ったため、うっすらと血を出しているのが見える。
「イルカで成果をあげた私たちは、平行して人間に対する実験を開始しました」
 画面に腕の自由を奪う拘束服を着せられた坊主刈りの中年男が映し出された。
「最初のうち連れて来られた人間たちは、意外にも協力的に実験を受け入れました。しかし、これは私たちがすんなり実験に着手するように、被験者に予め催眠術がかけられて従順に受け入れていたのだと後で知りました」

 画面が切り替わり、人間の頭部にチップが埋め込まれてゆく様子が映った。
 ルークは背筋を走る悪寒に襲われた。自分も同じ手術をされたのだろうが、その様子を見ることで恐怖は新たなものになり、ルークの体を震わせ続けた。
「イルカであれ、人間であれ、実験の本質は同じでした。つまり、頭部に意識統御チップを埋め込み、ニセ信号で意識像を歪め、前頭葉への刺激で感情を劣化させます」

 坊主刈りの男は紅潮した顔で急に壁を蹴り大声で何か叫んでいたかと思うと、体当たりを始め、額から血を流し始める。
 しかし、やがて突然、動きが止まり、坊主刈りの男は床に座り込む。急激に生気を失ってカメラを見てる男の表情はムンクの叫びのようで、見ていたルークは気が滅入るような気持ちになった。まるで大麻でバッドトリップした人間を見るようだ。
 ディナークルーズの時、急にルークが絶望感に捉えられたのもこのチップのスイッチを入れられたために違いなかった。
 ルークの胸を締めつける震えがいよいよ激しくなった。

「今ご覧いただいたのがデイドリームプロジェクトです。これが私の行った犯罪です。今も見返して自分の行為に吐き気がします。自分が本当に情けなく滅入ります。
 巨悪組織ATOが自分たちの利益のために、罪もない多数の善意の人々の意識を操作するという卑劣な陰謀を許してよい筈がありません。
 どうかこのビデオをコピーして、大量にばらまいて陰謀を世間に告発してください。但し、その際は巨悪組織ATOの諜報能力がCIA並みだということを念頭に、あなた自身の身元がばれないよう二重三重に細心の注意を払い、告発して下さい」

 画面は再び天然パーマの研究員フィリップに戻った。フィリップは緊張した目でこちらを見つめながら喋る。
「もしかしたらあなたがこのビデオを再生している現在、巨悪組織ATOは私の裏切りに気づいていて私は殺されているかもしれません。その可能性はかなり高いと思われます。
 それでも告発するのは今まで何人もの意識、または人生を奪ってしまった私の罪滅ぼしです。デイドリームプロジェクトを野放しにしたら、これからさらに何百万、何千万、何億の人々の意識が奪われる暗黒支配が始まるのです。絶対に阻止して下さい」
 画面は急に真っ黒につぶれて、ビデオは終わった。

 ハルバート博士は吐き捨てるように言った。
「とんでもない陰謀だ」
 ルークもあまりの恐ろしさに胸を締めあげる震えが止まらなかったが、なんとか口を開いた。
「ある程度は想像してましたが、想像をはるかに越えてます」
「うむ、問題はこのデイドリームプロジェクトをどうやって告発するか」
 ハルバート博士が言うと、アランがすぐ軽い調子で言ってのけた。
「簡単ですよ、僕がインターネットにアップします。同時にマスコミにもビデオファイルをメールに添付して送りつける」
「いや、今のビデオの男も『巨悪組織ATOの諜報能力がCIA並みだから二重三重に注意して』と言ってたじゃないか、安易なやり方ではアランの安全が心配だ」
「ネットでやばいことをする場合、クシと呼ばれるクッションを通したり、チャフというニセの情報を差し替えたりして発信元を偽装するんですよ」
「専門用語はわからないんだが、それで大丈夫なのかね?」
「いや、そういう偽装ではまだ不十分なんです。自宅からではどう偽装しても最初の接続ポイントがばれて、いずれ足が付きます」
「それじゃあ無理ということですか?」
「そこで、悪いやつらはネットカフェなんかからアップするんですよ。いくら巨悪組織ATOでも全てのネットカフェのパソコン全台を監視なんて出来っこないでしょ。そこでアップして素早く逃げれば捕まりっこないすよ。任せて下さい」
「専門家のアランがそう言うなら、大丈夫だろう」
「じゃあ、僕の撮影したビデオも合体して、アップしてもらいましょうか」
「そうと決まれば、サクっと片付けましょ、モノはどこですか?」
「ああ、そこのビデオカメラなんだけど」
 ルークが立ち上がってビデオカメラを渡すと、アランは手際よくカメラのケーブルをパソコンに接続して、編集作業に入った。

  ◇

 アランはサンフランシスコ繁華街のビル三階にあるネットカフェ『テラロード』に入った。受付の腹の出た男は免許証のチェックも面倒そうに手続きをした。
(どうせ微妙に似てる合成写真にニセの番号だからチェックされても追跡は不可能だ)
 心で呟きながらアランは6時間分の料金を先払いして、棚から映画のDVDを借りて隅のデスクについた。
 そして念を入れてまずパソコンに監視ソフトが入ってないかチェックした。
 次にアランは監視ソフトをインストールして、ネットカフェ内に監視的な作業をしているものがいないかをサーチした。さらにダミーのメール送受信とアップロード作業を行って監視の痕跡を調べてみる。
 どうやら監視はされていないようだ。
 それからアランはUSBメモリを差し込み、告発ビデオをローカルディスクに移す。
 そして交換ソフトをインストールして告発ビデオファイルをネット上にアップした。マスコミ各社へもビデオファイルを添付した情報メールを送付する。

 アランがファイル交換の掲示板を見ていると5分ほどで書き込みが入った。
『や、モルダーさんが、すごいXファイルをアップしてくれたでつ!』
『すごすぎ! 陰謀ものだ!』
『興奮で今夜は眠れないな!』
『これって、マジっぽ!』
『CIAに通報しますた!』
 ネットフリークの反応は恐ろしく速い。

 アランはどんどん増えてゆく書き込みを眺めてニヤリとするとブラウザを閉じて、映画のDVDを流しながら、帰り支度に入る。
 受付で「30分ほど外出してくる」と言い残して、アランはネットカフェを出た。
 エレベーターに乗り込んだアランは興奮が湧き上がるのを密かに楽しんでいた。
(簡単だね。これで明日にはマスコミに陰謀が大々的に取り上げられて大騒ぎだ)
 アランは作戦の成功を確信してエレベーターの中でガッツポーズした。そしてスマホでハルバート博士に電話する。
「アランです。ビデオアップとマスコミ通報、完了です。監視なし。告発は成功です」
「そうか、ありがとう、危険だからすぐ帰ってくれよ」
「わかってます」
 アランはスマホをしまうとビルを出た。
 アランが店を出て2ブロック進んだところにワゴン車が停まっていた。
 脇を進みながらワゴン車をちらりと見ると、サイドドアが開いたままで人がいる気配がないのでアランは何してるのかなと思った。
 次の瞬間、後ろから強い力で腕をつかまれ、アランはあっという間にワゴンの中に押し込まれた。瞬く間にドアが閉まる。
「騒ぐな、騒ぐと命はない」
 アランを後ろから羽交い締めしたのはスーツ姿のカークスだ。アランは頬で銃身の冷たい感触を生まれて初めて味わった。
「ヒィッ」
 声を上げようにも拳銃の冷たさと威圧感の前に声にならなかった。
 ワゴン車は平然と白昼の繁華街に出た。
「連絡したいところがあったら電話していいぞ。但し、我々のことはひと言も言ってはいけない。言ったらすぐ死んでもらう」
「ふん、もう手遅れだよ。お前らの陰謀の証拠はもう世界中に流出したんだ」
 アランは勝利宣言をしてみせたが、カークスは予想に反して余裕の笑みを返してアランの手を後ろにまわして手錠をかけた。隣の席の部下はせせら笑った。
「甘いな。我々は全米のインターネットを検閲済みのキャッシュで構築した安全なイントラネットに接続させているんだ」
 カークスの言葉がアランにはすぐには呑み込めなかった。
「オタクなら私の言ったことがわかるよな? インターネットは世界に開かれているはずだが、全米の人間はそうとは知らずに我々のイントラネットに接続しているだけなんだよ。お前は世界から、いや隣の家からさえ閉ざされている」
 アランの顔がみるみる青ざめた。
「ウソだ! 全てのデータを構築しなおすなんて手の込んだ大掛かりなことは無理だ。サーバーの容量だってとんでもない規模になる」
「我々に不可能はない。お前がブラウザで見たのは検閲済みの5分遅れのネットデータか、我々のエージェントが作ったやらせの発言だ。お前がアップしたり、メールを送った先は外に対しては完全に閉じている我々の検閲サーバーだ。つまり、お前のアップしたファイルはどこにも漏れていない。残念だったな」
 カークスはアランの耳を思い切り引っ張った。
「こんな危険なビデオをどこから手に入れたか、全部、白状してもらうぞ」

つづく