祇園精舎の弓

弓

 起

 弓道部の練習を終えた笹木良樹は辻野広也と校舎を出た。
 弓袋に入れた弓を背負いつつ二人は歩道を並んで歩いてゆく。
 明日は県下の高校の弓道大会なのである。
 良樹が広也に言う。
「今日の練習よかったし、明日はガンバレよな」
「ヨシキだって、出るじゃんか」
「俺はしつこくかもしれないし」
「ああ、たまに矢を落とすな、お前、ビビリなのか」
「……実はさ」
 良樹の改まった言い方に、広也は聞き耳を立てた。
「うん?」
「俺、集中深まると、的が赤く見えんだよ」
「へえー、そうなのかよ」
「うん、的が赤い丸に見えて、それでな、誰かの矢がそこにすっと刺さるのが見える」
「何だ、それ?」
「そうすると、もう間に合わねえと思って、矢を落とすんだよ」
「そうなのかよ、変わってんな」
「うん、あ、皆には秘密だぞ」
「ああ、なんだろな、その赤い的と矢」
「さっぱり、わかんないんだよな」
「あ、じゃ、ここで。俺、寄ってくところあんだ」
「じゃ、また」
 良樹は広也と商店街の途中で別れた。

 夕闇がひろがりかけている商店街はビニールの軒を思い思いに突き出していて、頭より高い弓の上部が当たりそうになることはしばしばだ。
 そのたびに良樹は弓を傾げて避ける。
 目の前の肉屋からはうまそうな揚げ物の音と匂いが漂ってくる。

 良樹は弓を傾げて、その弓を避けるためにさらに自分の頭も傾げた。
 その瞬間、顎に強烈なパンチを喰らって、良樹は吹っ飛んだ。
 肉屋の主人のびっくりした声が響く。
 高校生の顎にサイドミラーで強烈なパンチを見舞ってしまった大型ワゴンも急ブレーキで止まった。

 救急車が到着した時、仰向けの高校生は目を閉じ、意識を失っているようにも見えたが、かすかに唇が動いていた。救急隊員が耳を近づけると、高校生は呟いていた。

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 

 一

 杉の斜面の下をゆるやかな上がり勾配の道が続いている。
 いや、道といっても、わだちがひっかいて地肌の露わな面より、雑草が添い寝している面が多く、人が通るより、獣の類の通るのが多そうな道である。

 旅の僧は、背には琵琶を、その上に笠を背負い、杖をついて歩いてゆく。
 ふと汗を拭って、空を仰ぐと薄い青にいわしが雲になって十四、五匹。
 頭を戻すと、しばらく道の傾斜がゆるやかな脇に家が目に入った。
 家と呼べば褒めすぎか、近づくと炭焼きの小屋のよう。
 僧は喉が少し渇いていたから、水を所望して休みたいと思い立つ。
 聞き耳を立てて足を緩めると、なにやら木槌の叩く音がふたつ。
 しかし、木槌のふたつの後が、しんと静まり返ったのが気にかかる。
 僧のかすかな足音を聞きつけ、気配を絶ったようにも思われる。
 そうなると水の所望は避けた方がよい気も起きてきた。
 明かり取りの窓は小さいのがひとつあるきり、三間ゆくともう向こうの端で、薪を無造作に積んである。
 その先にやはり炭焼きのかまどがあった。
 さらに行くと、道は大きく山肌に向かい、くねったかと思うと上がり勾配が険しくなった。勾配だけならまだしも、湧き水が道を濡らして滑りやすいこと極まりない。
 僧は気をつけ足を踏ん張って道を登って行った。

 難所を過ぎた僧は、道の谷側を身を乗り出して、今来た道を振り返った。
 小さく屋根の端が見える、さっきの木槌の家が気にかかる。
 あれは、落人の家かもしれない。
 平家が壇ノ浦に敗れて三年が経つ。しかし、今も山陽道や南海道、この西海道の山あいにはまだまだ平家の残党がひっそりと身を隠しているのだ。
 僧は各地をまわり平家に限らず、その土地に無念を残して没した霊を供養しながら、余興に琵琶を奏でて平家の盛衰を描いた治承物語を弾き聞かせるのを得意にしていた。
 この弾き語りは、やがて盲目の琵琶法師の生業として隆盛を見るのだが……。
 その、落人たちの方でも、琵琶僧の慰みを喜んで迎えることも多々あったのである。
 どうする?戻ってみようか?
 いや、急に息を潜めたのは殺気かもしれぬ。
 まさか僧形を、落人狩りと勘違いしていきなり斬りつけはすまいが。
 そう考えて目をうしろに歩くうち、
「ああっ」
 足の下の落ち葉がまとめて滑って、僧は谷に転げ落ちた。

 二

 挫いた足を引きずって、僧はようやく木槌の家の戸口に立った。
 僧は息を吸い、
「お頼みします、足ば挫いて難儀しとる坊主でございます」と口上する。
 そう言うと、中で立ち上がる音。
「おう、今、開けてやっと」
 戸板が引かれて、上背のある男があらわれた。
 歳は壮年と見え、僧より上に余る歳は五つから十と思える。
 口辺は愛想に開いておったが、眼はこちらを見定めようというかの如く冷たい。

「かたじけのうございます。難儀しとりますで、ひと休みさせてください」
「大方、この坂の先で踏み外したか?」
「その通りで、いやはや参りました」
「まず、そこに腰を下ろしなされ」
 殆ど地べたと同じ高さの板の間に藁で編んだ丸い敷物があり、僧はそこに崩れるように腰を落とした。
 すると主の男は僧の足首を少し動かしてみる。
「うっ」と僧は痛がる。
「骨は折れとらんようじゃ」
 主の男は「かえ」と、奥に、といっても振り返ればすぐに見渡せる奥だが、声をかけた。
 そこには藁を編んでたとみえる、後ろで束ねた頭に布を被った女が「あい」と答えて、こちらに歩み寄る。
「坊様の足ば手当てしてくれ」
「あいよ」
 僧のそばに寄ると、布の下の女の顔がおおかた覗けた。
 化粧など心がけぬ様子の顔はうっすらと泥や炭をいくつも塗った肌で、瞳だけは正面から見えぬが、それでも形のよい頬、すっと通った鼻、品よく小さい唇が素顔の美しさを包み隠さず明らかにする。
 これほどの器量ならば、都の酒場に働きに出てもすぐに鈴なりの人気となり、大店の旦那の手がつこう。それほどの美しさである。
 女の黒い睫毛が自分の足に向かい、手が腫れの大きさを確かめるように足の甲を覆うと、僧の頬に薄く赤みがさした。
 女は「薬草を取って参り」と後の方は濁して出て行った。
 僧は、やはりと内心でうなづいた。
 思わず、参りますなどと、この地の卑しい女が使うはずもない言葉を言いかけて、慌てて言葉を切ったものの、これで高貴な素性が知れた。
 やはり平家の姫かもしれぬ。
 
「御坊、琵琶を弾かれるか?」
 主の男の問いに虚をつかれて僧は慌て気味に、
「はい、激しく転げて」
 と言いながら、背負った笠と琵琶を手前にまわした。
「糸巻きは折れましたが、幸いこのように笠が覆ってましたので、柱は折れませなんだ。
 すぐ修理できますから、よろしければ手当てのお礼に物語などお聞かせしましょう」
「うむ、それは楽しみじゃ。
 その足の腫れ方では、歩くのはあきらめ、今宵は、ここに泊まるがよかろう。
 見ての通りのあばら小屋だが、歩くよりは怪我によいはず」
 主の男も、もはや身分を隠す必要もないと判じたのであろう、土地の言葉ではなく、侍言葉で言った。
 しかし、落人であろうことを僧から問うことはしない。ましてや、名を聞くなどの無礼について僧は堅く自らを律していた。
「そう言っていただけると助かります」
「但し、女子に手出しはご遠慮願おうか」
 そう言う主の男の口は笑うが目は少しも笑ってないのが怖い。
「いえ、僧形なればそのご心配には及びません」

 まもなく女は薬草であろう葉を取って戻った。
「かえ、この坊様を、今晩、お泊めすることにした。
 馳走してやれ」
「あい、わかりました」
「恐縮でございます」
 僧が礼を言うと、男が豪快に笑った。
「なあに、その辺の鼠や蛇や蛙のゲテモノ料理、怖じけ話の種にされよ」
 本当にそれを食べさせられたらと僧はいささか困り顔である。
「ところで、この糸巻きほどの枝はありますか?」
「たやすいこと、すぐ出してやろう」
 主の男は柴の束から糸巻きに合う枝を見つけ出した。

 三

 僧の夕餉の心配は無用であった。
 鹿の上等の干し肉、椎茸、大根、豆どもが囲炉裏の小さな露天の風呂に浸かって、見物衆三人の顔を眺めたまま、いい気になって湯当たりしたところを、箸で刺されて食われたのである。

「近頃にない、大変なご馳走をいただきました」
 僧が箸と合掌を揃えて言うと、
「知り合いの猟師から手に入れた肉がまだ残っててよかった。
 あれがなくば、やはり蛇や蛙を捕まえに出掛けねばならんかったわ。あははは」
 と、主の男は笑った。
 すると女がちくりと、
「お坊様が肉を食べてよいのですか?」
 と、初めて、僧に伏し目がちのまま話しかけた。
 僧は手を上げて、
「あ、これは参りました。
 拙僧は郷に入らば郷に従い、蛇でも蛙でも食らいます」
 すると、主の男は豪快に笑ったが、女はつまらなそうに顔を伏せた。

 僧は琵琶を手元に引き寄せる。
「それでは、お礼に琵琶を一曲、お聞かせいたしましょう」
 僧がばちをかき降ろすと、琵琶の音が囲炉裏の周りに響き渡った。
 その音色に合わせて治承物語の一の巻を語り出す。

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

 驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。

 猛き者もついには滅びぬ、ひとえに、風の前の、塵に同じ…。

 僧の声は琵琶の音色に重なると、絶妙の色を醸し出した。

 清盛の父、忠盛の栄誉と殿上人の妬みを描く「殿上の闇討」。

 清盛とその子ら平家一門が要職を占め、未曾有の栄華に酔う「吾身の栄花」

 平資盛一行が摂政藤原基房に辱められ、清盛が仕返しをする「殿下の乗合い」。

 俊寛、西光、藤原成親・成経らが平家打倒を談合する「鹿ケ谷」。

 密告により謀叛が露見し、清盛が西光を断罪する「西光被斬」

 目を閉じて耳を傾けていると、栄華の艶やかな色、陰謀のおどろおどろしい色、それらの光景が絵巻物のように広がる。
 いつしか、主の男も、かえと呼ばれる女も僧の物語にひたりきった。

「この辺でよろしいでしょうか」
 僧が言うと、主の男も、かえも言葉少なにうなづいて、そのまま眠りについた。
 治承物語を聞かせると、普通ならもう少し反響があるものだ。しかし、本物の落人は決まってしんみりとなってしまうのだ。あの栄華の御殿が、今や人目を忍ぶ炭焼き小屋なのだから無理もない。
 
 四

 翌朝になると、足の腫れはひいてきたが、主の男は引き留めた。
「今、無理をしては、またすぐ挫くぞ。もうひと晩、泊まってゆくがよい」
「ご迷惑ではないですか?」
「かまわん。昨夜のそなたの琵琶の音が心に沁みたのじゃ」
 主の男ははっきりとは言わぬが、ここで初めて冷たい鎧を脱いだ目を僧に向けてきた。
 僧は安堵した。元々、引き留められずとも、もうひと晩の宿を願いたいのが本音だったのである。
「そういうことなら、喜んで今宵もお聞かせいたしましょう」 

 主とかえは炭焼きのかまどの準備に忙しく、僧は板の間に足を伸ばして琵琶の手入れをした後、笠の破れたところを修理して戸口の外にかけて干した。

 昼下がり、うとうととしていると、かすかにに馬の蹄の音が響いてきた。
 何事かと体を起こすと、いよいよ蹄の音は大きくなり、
「ろう、ろう、ろう」
 馬上の者が叫んで、蹄の音と通り過ぎた。

 僧が驚いたのは、まもなく主の男とかえが血相を変えて中に飛び込んで来たことだ。
「何事ですか?」
 尋ねる僧を、主の男はまた冷たく鋭い目で睨みつけた。
「落人狩りが近づいてくるんじゃ」
「落人狩り?」
 さては今ほどの馬は危急を知らせる平家の馬だったのであろう。
「よいか、もし奴らが入ってきて何を聞かれても、旅のこと以外は答えるなよ。かえ、琵琶は念を入れて隠しておけ」
「あい」

 かえは琵琶を手にすると、僧を振り向きもせず外に飛び出した。
 かえが戻ると同時に、今度は多くの馬の蹄の音が遠くから聞こえてきた。
 戻って来たかえが僧を一瞥して主の男に報告する。
「たかつき殿、表の地べたに棒で何やら線が引いてあります」
 主の男は僧の胸ぐらをつかんで叫ぶ。
「舞様、縄を」
 主の男は、素早く僧を縄で後ろ手に縛りあげ、柴の中から太刀を取り出し抜いた。
「おのれ、落人狩りの犬であろう」
 僧は震え上がった。
「め、滅相もない」
「地べたの線はなんの合図だ」
「なんでもありませぬ。何気なく琵琶の糸を描いてみただけのこと」
「黙れ」
 主の男は僧を戸口の内側に立たせ、後ろから縄を持っていつでも刺し殺せるように構えた。
「舞様、いざという時はお覚悟を」
「わかっております。今まで世話をかけました。礼を言います」
「勿体ない」
 
 まもなく五、六頭であろうか、馬の蹄がさしかかり、走りを緩めた。

 主の男が僧をささやくように脅す。
「声を出すなよ」
 
 馬群はほとんど止まりそうな勢いとなり、炭焼き小屋の前を歩く騎馬の鎧と太刀が擦れる音が響き渡る。
 
 僧はどっと冷や汗をたらした。
 それは男もかえも同じであったろう。
 すると、不意に、
「どう」
 外で声が上がったかと思うと、鞭の音が響き、騎馬は走り去った。

「どうやら、勘違いしたようじゃ」
 主の男は僧の縄を解いて、頭を垂れた。
「無礼のこと、許されい」
「主殿とかえ、いえ、舞様は、平家なのですね」
「いかにも。それがしは平大納言時忠様の配下にて平高槻と申す」

 それからしばらくは落人狩りの騎馬が戻って来ぬかと心配したが、何事もなく夜を迎えた。

 五
 
 夕餉の鍋が終われば、また、琵琶の弾き語りである。

 琵琶の音が響き渡り、僧の朗々たる声が落人の心を昂ぶらせ、落ち着かせる。
 話は海に並ぶ平家の小舟の扇を那須与一が射落とす段に入った。

 矢ごろ少し遠かりければ、海へ一段ばかりうち入れたりけれども、
 
 なほ扇のあはひは七段ばかりもあるらんとこそ見えたりけれ。
 

 那須与一は青い海に黒い馬を乗り入れたが、真っ赤な扇まではまだ七段と遠いのである。

 与一は目をふさいで、思いつく限りの神を挙げ、当てることを願う。

 さらに射損じたら、会わせる顔がないので、弓を折り自害すると誓う。

 与一は目を開くと、鏑矢を取って、弓を引いて、放った。

 鏑矢は長く音を立てて飛び、扇の要の一寸ほど内側に命中し、扇は空に舞った。

 扇はしばらく虚空をひらひらと漂い、春風にはらはらともまれて、海へ散ってしまった。
 
 
 そこで、舞は声を上げて泣き崩れ、僧は思わず曲を止めた。

 男、平高槻は舞を叱りつける。
「舞様、そのように取り乱しなさいますな」
「思い起こすだに辛うございます」
 そこへ、僧が割り込んで尋ねる。
「もしや、あなた様こそ、あの舟で源氏方に手招きされた姫なのですね?」
「はい、いかにも私があの時、源氏に手招きいたしました」
「舞様、口をお閉じ下され」
「高槻殿、もはやよいではありませぬか」
 舞は僧に向いて語り始めた。

「あの扇は高倉院が厳島神社より賜った霊験あらたかな扇。
 坂東武者などに射抜ける筈がないと申されたのです。
 裏を返せば、もし扇の射抜かれることあらば、もはや平家に勝ち目はないと誰しもが考えていたのです。
 あれこそ、平家の命運をかけた扇だったのです。
 射抜かれるぐらいなら、わらわがこの身で受ければよかったと後から気付きました。
 そう思うと悔しうて悔しうてなりませぬ」
 そう言う舞の凛々しい目は涙にゆがんでしまう。

 すると僧が言った。
「拙者はあの時、判官義経様に弓を引かせてくだされと直訴したのです」
 唐突な言葉に、高槻は慌てて柴の中から再び太刀を取り出した。

「おのれ」

 高槻は僧の前に太刀の抜き身を向けたが、僧は身じろぎもしない。
「しかし、その役目は那須与一殿に奪われ、私は眺めているしかなかった。
 弓を射る代わり、私は勇気ある敵方の姫君に懸想いたしました」
 この台詞には高槻も舞もすぐに言葉を返せなかった。

「戦の最中に懸想とは呆れる。坂東武者にとんだ腰抜けがいたようじゃ」
 高槻はようやく太刀を鞘に収めて放り投げた。
 僧は悪びれずに続けた。
「拙者も驚きました。
 しかし恋は平時に限るとは神も決めてないこと。
 壇ノ浦に平家が散った後も、拙者はあの時の姫の消息を尋ね、一年前には僧形となり琵琶を弾きながら、この足で姫を探し歩いて来たのです」
 僧は舞をじっと見つめた。
「今宵は我が願いの半分が叶いました。
 もう半分は、姫を我が妻となしたい」

 僧が言うと、高槻が笑い飛ばした。
「舞様がこのようにしておられるのは、平家再興のためじゃぞ。
 そなたの妻になる筈がないではないか」
 舞も言う。
「誰であれひとに懸想するは思いがけず起きること。それを責めることはできませぬ。
 なれど、今、高槻殿が申された通り、わらわは平家再興にかけておるのです。あなたに沿うことなどできかねます」
「今宵は休まれ、明日、早々に発たれるがよい」

 高槻は万一のことを考えて僧を縄にくくって、眠りについた。

 六

 翌朝、高槻は目覚めて上半身を起こそうとして驚いた。
 昨夜は僧をくくった筈の縄が、今は自分をくくっているからだ。
「なんじゃ」
 舞が頭を垂れて言う。
「高槻殿、悪く思わないでおくれ。
 よくよく考えて私はこの方と行くことにしました。
 あなたは平家再興とことあるごとに言われるが、仲間は減るばかり。
 本当の安徳帝さまと三種の神器を高千穂に隠したと言うけれど、その後は噂にも聞かぬではないですか」
「それは、準備も整わないうちに、おおっぴらに出来る筈がないこと」
「それに引き換え、源氏の落人狩りは三年経ても、昨日のように厳しい。
 誰かが通るたびにびくびくとする毎日。
 はたして、これで再興などと言われても、夢の寝言にしか思えませぬ」
「舞様、裏切るおつもりか?」
「握り飯をここに置きますゆえ、縄を抜けたら食べなされ。
 世話になりました。ごきげんよう」
 舞が挨拶をすると、僧が置き土産に明かした。
「高槻殿、地べたの線は、この家は探索無用の合図です」

 舞は僧に手を引かれ嬉々として炭焼き小屋から出て行き、平高槻は地団駄を踏んだ。

 結

 救急病院で意識を戻した良樹は医師に訴えた。
「こんなリアルな夢ってあり得ないですよね?
 自分が琵琶法師で、平家の落人を訪ねて、そこで平家の姫と駆け落ちする夢」
 医師は落ち着いて答える。
「大丈夫、頭はぶったかもしれないけど、精密検査した結果、異常の兆候はどこにもないからね。どんなに昔の変わった光景だとしても、それはただの夢だよ」

 良樹は納得いかなかったが、この救急救命医に訴えても無駄だと悟った。

 翌日の大会に、良樹はちゃんと出場した。
 矢を落としてチームの足を引っ張ったが、赤い的が見えたからではない。

 集中したら、的の隣に平家のお姫様の顔が浮かんだのだ。    了