改訂版ドルフィン・ジャンプ8 イルカショー

改訂版ドルフィン・ジャンプ全29章 目次です

ドルフィン表紙

 

 

  8 イルカショー

 そよぐ風は濃い潮の匂いを運んでくる。ショープールの70メートル先は海だ。日差しは楕円形プールの水鏡に届いて、キラキラと跳ね返り、客席にオーバーハングしている屋根に天気図のような模様を映し出していた。
  
 突然、プール中央の水面が盛り上がったかと思うとブルーグレイの美しい流線型が三つ跳び出した。
 その三頭のイルカは水しぶきをひいて宙を舞い上がり、くるりと一回転して水面に消える。プールの縁に沿ってイルカたちの影がぐるりと一周し、今度はさっきと逆方向から跳び出してくるりと回転し、また水中へ。
 まもなく水中から顔を出した三頭のイルカは、客席の中央部を振り向いて、立ち泳ぎのままバックしてケケケエと笑い、ルークとカノンは夢中で拍手を送った。

 日陰に入ると少し肌寒い秋の平日昼さがり、イルカショーを見に来た客は全部で20名に満たない。
 イルカのトレーナーがプールサイドに現れるとルークは目をやった。トレーナーは男女一名ずつ。客に笑みをふりまき、話しかけているトレーナーたちが真剣なプロフェッショナルだと感じた。
 男の方は三十歳ぐらい。マッチョとまではいかないが筋肉質で、よく日焼けしていてプエルトリコの血が入ってるようだ。見るからに海が好きそうなタイプ。
 女の方は二十代前半で黒い長い髪を後ろで束ねていてアジア系の肌だ。二重瞼のまなざしに愛嬌があってイルカを見る表情が輝いている。
 ルークの目はその女トレーナーに釘付けになった。ルークがあまり今まで会ったことのないタイプだが、エキゾチックでありながらなぜか懐かしいような雰囲気がある。なぜだろうとルークは彼女を凝視めた。すると距離はあったが、彼女の眼もルークを数瞬凝視め返してきた。
 やばいな、どきどきする、ひと目惚れってやつか。
 ルークの口元は締まりなく崩れた。
 肩を突かれてルークが振り向くとカノンが見上げてにやにやしていた。
「おじさん、あのトレーナーさんが気に入ったんでしょ?」
 この娘は妙なところで勘が鋭いなと思いながらルークは焦った。
「な、何、ませたこと言ってんだよ」
「顔がにやけてるよ」
「ち、違うって」
「隠さなくていいってば。昨日振られて今朝は仕事へ行くのも辛かったんでしょ。でも翌日に好みのコに巡り合えるなんて神様の計画は完璧だね」
「ませガキめ、黙ってろよ」
「後で私が橋渡ししてあげようか?」
「余計なことすんな。そういう気分じゃないんだよ」
 ルークが言うと、カノンはベーと舌を出して見せた。

 ショーの進行役である女姓トレーナーは片手にマイクを持ち観客にしゃべる。今時はマイクもヘッドセット一体型が普通だが、こういうところもマイナーな施設っぽい。
「さて次はイルカ君にお兄さんの持っている輪をくぐりぬけてもらいましょう。ジョン、キャシー、ボビー、準備はいい?」
 イルカたちは口を開いてキイと返事をし、横腹を見せ胸びれで水面を叩く。そして水に潜るとプールの反対側に泳ぎわたった。
 男のトレーナーは女子新体操で使うような大きな輪を持って、プールに突き出た浮き堤防の先端に進んだ。
 水底の三つの影はプールの向こう正面で二手に分かれ、大きな弧を描いてトレーナーの側に戻ってくる。
 女のトレーナーが「さあ、跳べるかな」と期待を盛り上げるが彼女は声を発しただけで、男のトレーナーの方が手でイルカにサインを送った。

 まず左側からのイルカが跳び上がり、きれいに輪をくぐり抜ける。それが着水しないうちに今度は右側からのイルカが跳躍する。
 こちらもあざやかに輪をくぐり抜ける。 
 さらにひと呼吸置いて、三頭目が左側から跳ね上がった。  
 ジャンプした時はこれも見事クリアかと思われたが、次の瞬間、このイルカは空中で姿勢を硬直。そのまま輪に噛みついて、一瞬、宙ぶらりん……。  
 そしてケケケと笑って輪から落ちて、胸びれで水しぶきを飛ばしてふざける。  
「こら、ボビー!」
 女のトレーナーは片手を腰に当て、わざとらしく怒る。
「いたずらっ子にはゴハンもあげないわよ。ちゃんと輪をくぐってみせなさい」 
 男のトレーナーは輪をフリスビーのようにして高く放り上げる。  
 イルカのボビーは急いで輪の落下点の方向に泳ぐと、まだかなりの高さにある輪に向かってジャンプした。
 3メートルもの高さで、見事、イルカは輪をくぐり、続いてその輪を水しぶきの糸があざやかに追いかける。
「すごい!」
 ルークは思わず叫んだ。
 カノンは「うわあ」と声を上げプール手前の柵まで駆け寄った。
「ボビー、やればできるじゃない。さ、ご褒美をあげるからこっちおいで」
 女のトレーナーはイルカのボビーを呼び寄せると頭を撫で、開いた口に魚を投げ入れてやった。

 突然、男のトレーナーが警告する。
「濡れると困るコは一番上の席まで急いで上がりなよ、少しならいいコは傘を開いて」 そこでカノンはルークに聞いた。
「ちょっとなら私、濡れてもいいよね?」
「うーん、今は秋だからすぐには乾かないぞ」
「体育のトレーナーがあるから、後でトイレで着替えればいいでしょ?」
「そうだな、ならいいよ」

 イルカが水かけを始め、観客たちはyiiiiiipe! wow! yiiiiiipe! と騒ぎ出す。
 カノンは階段をおりてプールの縁に近寄りそこに用意されてる透明な傘を開いて水しぶきを受け止めて楽しんだ。
 しかし、ここまでは水も届くまいと考え、中段の席でじっとしていたルークも少し水をかぶってしまった。
 イルカたちはそれからも見事な芸を次々と見せてくれた。
 空中で宙返りを入れたり、横に回転跳びをしたり、ビーチボールを鼻ではねてキャッチボールをしたり、彼らの芸は尽きなかった。

 イルカたちは客などまるで気にすることもなく、純粋に自分たち自身で楽しむために遊んでいるという雰囲気だ。遊びの天才である彼らには狭いプールに閉じ込められている不満すらないように見える。元気ないたずらっ子のように泳ぎ回り、ケケケと笑うイルカたちを眺めていると、彼らが百パーセント幸福なんだと思えて羨ましくなる。
 ルークは声を出してつぶやいた。 
「お前たちはいいよなあ。生まれた時から、学校もないし、仕事で頭を悩ますこともないし、出世や、収入とか友人とステイタスを競わなくてもいい。とんでもない悩みを抱えた地上動物がいることさえ知らないんだろうな。狭いながらもプールは天国だよな」
 ルークは「あー」と溜め息をついて、大声で叫んだ。 
「もう、忘れた。パティーのことは忘れた。猛烈に、強烈に忘れたぞおー」  

 女のトレーナーはマイクで言った。
「それじゃあ、ここで会場の皆の中から二人のお友達を選んで、イルカ君と握手をしてもらいましょう。誰にしようかなあ」
 女のトレーナーは客席を見まわす。
 カノンはルークの隣に戻り自分とルークの手を上げて「はい、はい」と叫んだ。ルークもカノンに誘われる前から立ち上がって手を振った。
「じゃあ、そこの緑ベレー帽を被った女の子と背広のお兄さん、どうぞこちらへ降りてきてください。今回、残念だった皆もタッチ券を買うと裏のタッチプールでイルカと握手できるから、がっかりしないでね」 
 指名されたカノンとルークはスタンドを降りた。 

 カノンと頬を押さえたルークがライトブルーに彩色されたプールサイドに立つと、女のトレーナーが言う。
「ようこそ、シーパークへ。私はリサ・ヤマモトよ」
 間近に立ったルークは理沙の瞳を凝視めた。理沙の瞳は漆黒と茶で艶々と輝いていて美しかったが、それはなんだかイルカの目のように愛嬌があった。ルークは頭の中で自分が微笑むのを感じた。その時、頭の中で自分の声が響くのを聞いた。
 俺の運命の女だ。
 ルークは自分の声にハッとなりいよいよ理沙に見とれた。理沙もルークを見ていよいよ笑顔に輝きが増したように見えた。そんな凝視め合いが数秒間続いた。

 理沙は思い出したようにカノンに手を差し出し握手する。
「まずはお嬢ちゃんからお名前とお歳を聞かせて」
「こんにちは、カノンです、14歳です」
「そちらのお兄さん、頬はどうかしたんですか」
 ルークは左手で左頬を押さえたまま、右手で理沙と握手する。
「いや、なんでもないんだ」
 そこでカノンが微妙にネタばらし。
「昨日、夜の博物館で熊の剥製にビンタされたので、今は恋人募集中なんです」
「シッ、カノンは黙ってろ」
 ルークは思わず叱って却って理沙への印象を悪くしたかと心配した。
「ふふ、意味不明ね、お名前とお歳をお願いします」
「ルーク・フリードマン、26歳」
「ルークはリサに気があるみたいなの」
 カノンが言うとルークは目を手のひらで覆った。
「それは光栄です。ところでこちらのお嬢さんはルークのお子さんじゃなさそうですよね、どういう関係ですか?」
 理沙が尋ねると、カノンが笑いながら割り込んだ。
「お姉さん、妬いてるなら大丈夫よ。私はこんなおじさんに興味ないもん」
「まあ、おませね」
 理沙は苦笑した。
「ルーク、お仕事は?」  
「広告代理店の営業」  
「お仕事はいいんですか?」 
「ズル休みだから」
 ルークはうっかり正直に答えてしまって照れ笑いを付け加えた。理沙もクックッと笑い声をもらし、カノンが弁護するように言った。
「私が誘ったの。だからおじさんの罪はジョージョーシャクリョーして下さい」
「難しい言葉を知ってるのね。せっかくのズル休みなんですからたっぷり楽しんでいってください。じゃあ、カノンちゃんからイルカと握手しようか。プールに向かって、私と同じように手を動かしてね。
 まず左の手で腿を軽く叩いて、そして、手のひらを横にぃ伸ばしますうー」
 最近不調の理沙も握手のサインは自信があるので笑顔で説明する。
 カノンが見よう見真似で手を動かすと、男のトレーナーが叫んだ。
「ほら、ジョンが来たよ」  
 カノンが視線を足元に向けると水中から流線型の影が浮かび上がってきた。
 次の瞬間、カノンの目の前にブルーグレイの太い体が垂直に伸びてきた。
「カノンちゃん、今よ」
 カノンはさっと手を出した。
 そしてジョンの胸びれをつかまえ、握手した。
 水中のイルカに手を振るとカノンは満面に笑みを浮かべてルークを振り向いた。
「握手したよ、イルカはすごく頭がいいね」
「よかったな」
「うん、ありがと」
 カノンは喜びながらプールの中を見詰めた。

 理沙が「次はルークの番よ」とルークを呼んだ。
 ルークも理沙の隣に立った。
「さあ、左の手で腿を叩いて、手のひらを横に」
 ルークが言われるままに手でサインを送ると、すぐさまイルカが寄って来た。
「キャシーだよ」
 男のトレーナーが叫ぶと、かなりの勢いでイルカが水面から頭を現した。ルークは思わず身を引きそうになる。 
 数瞬……イルカのキャシーの胸びれはちょうどルークの腹の高さにあった。
 しかし、ルークは握手のことなどすっかり忘れてイルカにボーッと見とれてしまった。「ほらっ、早く、早く!」
 理沙に言われてルークは急いで手を出したが、キャシーの頭はすでにルークの膝下の高さに沈みかけていて届かなかった。
「おじさん、遅いよ」
 カノンに叱られルークが困った顔を上げると、理沙は笑顔でフォローする。
「三割の人は最初は見逃しますから気にしないで、もう一度チャレンジしましょう」 
 理沙は再びキャシーの近づいてくるのを見てまた手順を教える。 
「はい、叩いて、横に、さあ来ましたよ」
 水面から出てきたキャシーの口がニヤッと笑いたくさんの歯がのぞく。  
 ルークは伸び上がるキャシーの胸びれをしっかりとつかまえた。
 胸びれは一見、濡れてて滑りそうだが、掴んだ感触はしっかりして意外と堅い。
 その瞬間、ルークの脳裏に、忘れていた感動の原型が甦った。 
 ルークも子供の頃は新しいものを純粋な好奇心で追い求めていた。そして新しいものに出会うたびに、その感触や感想を、自分の頭の中の『新世界の発見』に得意になって加えたものだ。
 ところが、上の学校に上がり、社会に出て打算や世間体がしみついて、味気ない世渡りの術を繰り返すうちに『世間の常識』のページがどんどん増えて、いきいきした『新世界の発見』は、埃まみれの『世間の常識』によってすっかり覆い隠されてしまうのだ。 
 ルークは頭の中で長く埃をかぶっていた『新世界の発見』を開き、新しいページに、興奮とともに書き記した。  
 イルカ……曲芸の天才。ケケケと笑う。パティーに振られたことを笑われた。歯みがきが大変そうな歯並び。わりと固い胸びれ。自由主義か。遊びが仕事。人懐っこい。 

「イルカと握手した感想はどうでした?」
 理沙に聞かれたルークはにっこりして、
「子供の時みたいな感動が甦ったよ」
「それはよかったです」
 そこへカノンが割り込んで言う。
「お姉さん、私、どうしても、あそこのイルカと握手したいの」
 カノンが指差す方向のイルカの影を見ると、理沙が答える。
「ああ、マックスね。あのコはうちに来てからまだ一ヶ月だし、引っ込み思案でたまにしか浮いて来てくれないのよ。カノンちゃんはよく見つけたわ」
「お前、そういうの図々しいって言うんだよ」
 ルークがたしなめるが、カノンは引かない。
「だってあのイルカ、私にとって特別なイルカなんだもん。リサ、お願い!」
 理沙は困った顔になった。
「私、あのイルカに会うために学校さぼって来たのよ。きっとまもなく学校から連絡が入って、家では怖いママから厳しく叱られるのはわかっている。それでも来たの。どんなに大変な決心かわかる? 私にはあのマックスと話をするギムがあるから来たの。リサ、ギムってわかる?」
 理沙は頷いた。
「仕方ない。大事なお客様に特別にサービスします。カノンちゃん、前にどうぞ」
「やったあ」
 カノンは嬉しそうに手を上げた。
 理沙は小さな笛を鳴らしマックスを呼び寄せて言う。
「さあ、マックスはすぐそこまで来てるわ。カノンちゃん、さっきの合図をしてみて」
 カノンは間髪を入れず手で合図を送る。
 水底の紺の影がすいすいと近寄り、次の瞬間、水面からマックスの上半身がとび出し、宙にとまった。カノンは目を大きく見開いてさっと手を伸ばす。  

 と、次の瞬間……あろうことかマックスはカノンの手首に噛みついた。

 ルークは呆気に取られた。
 カノンは驚いて口をあんぐりと開いた。
 理沙が鋭く叫ぶ。 
「マックス、やめ!」
 カノンはとにかくイルカの動きに逆らわず、イルカと万有引力に素直に従ってプールに落ちた。 
 観客席から悲鳴が上がり、水しぶきと気泡が交錯するのを、カノンは水中に落ちながら案外と冷静な目で眺めた。
 水中に入ったマックスはすぐにカノンの手首を放してくれた。
 そして謝るようにおじぎをひとつするとカノンの周囲をくるくる泳ぎまわる。
 水中のカノンは息をするのも忘れて笑顔になる。

 理沙の叫びが間抜けな感じで水中に届いてくる。
 水中に新たな気泡とともに黒っぽい影が飛び込んだ。
 ルークだ。だがルークは濡れた背広がまとわりついて思ったように泳げない。
 カノンは思い出したように手足で水をかいて水上に顔を出し息をついた。
 マックスは視線をカノンに向けながら、カノンのまわりを廻り続ける。
 カノンの背中から男のトレーナーが泳いで近づいてきた。
「もう大丈夫だよ」
 カノンは水をかいて浮きながら「うん」と答えた。 
「怖がらないで。君はちゃんと浮いているからね」

 トレーナーが泳ぎながらカノンをプールから上がる手すりに捕まらせ、ルークも一緒になって後ろからカノンの体を持ち上げた。
「カノンちゃん、もう大丈夫よ」
 プールサイドに引き上げられたカノンはマックスに噛まれて手首にできた傷も浅いすり傷でなんともなさそうだった。  
「カノンちゃん、ごめんね、怖い思いさせて」
 すまながる理沙にカノンはこぼれそうな笑顔で答えた。
「ううん、全然。怖くなかったよ」
「本当にごめんね。こんなことになって」
「大丈夫だってば。昨日、夢の中で私を呼んだのはやっぱりあのマックスだったの。
 私、マックスとお話ししたの。ホントよ。
 それに、私ね、お医者さんからずっと水泳は禁止されてたから、それもすごく嬉しかったの。見た? 私、少し泳げたでしょ?」
「えっ!」
「まさか」
「な、なんだ、それ?」
 理沙と男のトレーナー、水から上がったばかりのルークは思わず聞き返した。
「私、喘息で心臓も弱いから。けど、少しも怖くなかったの」
 ルークは頭を抱えた。
「本当に心臓が弱かったのか」
「タイラー、私、この子を今すぐ病院に連れてくわ」
「うん、救急車を呼んでくる」
 タイラーと呼ばれた男のトレーナーは駆け出し、ルークはカノンを抱え上げて、理沙はカノンの腕をこすって暖めながら事務所に向かった。

 事務所に入ると理沙はカノンを女子更衣室に運んでもらい自分の予備のトレーニングウェアをカノンに着せた。もちろん腕も足も七分丈で折り込んだ。
「リサ、マックスは前から噛み癖があったのか?」
 ルークが理沙に訊ねるとカノンが急いで言った。
「ルーク、絶対怒らないで。マックスもリサも全然悪くないんだから」
「噛み癖なんかないわ。マックスは頭のいいコだもの」
「じゃあどうしてこんなことに?」
「それはわからない、ちょっと待ってて」
 理沙はそう言うとロッカーから四角い布袋のお守りを取り出して握らせた。
「カノンちゃん、これお守りよ。お守りって書いてあるの」
 それは橙色の布地で中央に漢字で『御守』と書いてある日本で一般的なもので祖母が近くの神社で授けてもらいアメリカに発つ理沙に持たせてくれたものだ。
「ありがとう。不思議な形の文字だね」
 カノンが礼を言って受け取るとルークもその漢字を見て聞く。
「リサ、その字からすると君のお国はもしかして中国かな? 中国は美人が多いよね」
 理沙は微笑んで首を横に振った。
「じゃあタイとかマレーシアあたり?」
 理沙は再び首を横に振って答ええた。
「私は日本人よ」
 理沙の答えを聞いた途端にルークの表情が強張った。
「ジャップか」
 ルークは吐き捨てるように言った。
「俺の祖父は親父がまだ一歳の時に駆逐艦に乗っててジャップのカミカゼに殺された。俺は祖父を殺したジャップを許さない」

 突然の怒りに理沙はただ唇を噛むことしかできなかった。さっきまでのデレっとした表情から一転して憎しみ一色に染まったルークの変わりようにカノンが悲鳴のように声を張り上げた。
「ルーク、おかしいよ。お爺さんの事は辛い出来事だったかもしれないけど、だからってルークがリサを嫌うなんておかしいよ。そんな昔のことリサにはなんの責任もないよ」
 しかし、ルークは険しい表情で呟いただけだ。
「日本人だなんて知らなかったからだ」
「どうして男の人は戦争なんてくだらないことにこだわるの? あんなのどっちも悪いに決まってるよ。今日はマックスに会えて最高だったのに。マックスのところまで連れて来てくれた優しいルークがこんな心の狭いひとだったなんて。ルークはリサにひと目で惚れたくせに……」
 カノンの頬を大粒の涙が濡らした。
 

つづく