八咫烏のタイムダイバー 更新分のみ

八咫烏のタイムダイバー表紙

全体を読みたい方はこちら ↓ タイムマシンを手に入れた八咫烏やたがらす結社 桜受おうけ家の秘巫女ひみこ 旭子あきこは原爆投下を阻止するタイムダイバー隊を派遣する  ↓ 

第9章 別れの時

 

 お守りを完成させた古相寺が自分の孔雀の間に戻ると午前5時すぎだった。
 いつもなら5時にはすっきり目覚めているのだが、今日は2時起きしたためのだるさが辛くてつい二度寝してしまい、小一時間ほどたった6時半にまたスマホのアラームで飛び起きた。
 どうやら隣の飛鶴の間も起き出してぼんやりと話し声が響く。 
 布団をきれいに畳んで事務服に着替えた古相寺は朝食もそこそこに、地下6階の秘巫女公子の執務室を訪れた。

「公子様、先ほどはご指導ありがとうございました」
 古相寺が少しおどおどしながら挨拶すると、公子は微笑んだ。
「うむ。良いものが出来てよかったのう」
「はい。これでちゃんとしたお守りを渡せます」
「出立は午後か?」
「はい」
「そなたは海軍省に近いところに移り連絡係をするということであったな」
「はい」
 古相寺の予定としては古相寺は海軍司令部通信課の松丸と連絡を取りつつ、表の天皇裕仁様に会い一刻も早い降伏の決断を促すという考えただけでも眩暈がして尻込みしてしまう大役がある。
 そのための工作資金と生活資金にあてるようにと秘巫女旭子から純金の500グラムのインゴットを3枚預かっていた。古相寺はその1枚を差し出して言った。
「それで資金にあてるよう旭子様から預かって来た純金がこれなのです。これを換金していただけないでしょうか?」 
 公子は扇で純金のインゴットを触るようにして頷いた。

「そうか、そうだな。未来の金は使えん。活動資金もいるし、特務員たちも当節のこづかい銭を持っておらんだろうから羽目も外せまい。よし待っておれ」
 公子がわざと大きな音を立て柏手を打つと控室から巫女が飛んできた。
「公子様、ご用ですか?」
「現金十円札で五百円の束をな、六つ七つ、いや十。持って参れ」
 巫女はまた飛ぶように引き返してゆく。

「助かります。外世間ではどこで換金したらよいか見当が付きませんから。というか、いくらになるとか、そもそもこの時代の物価もわかりませんし」
「そなたでは鴨葱にされて使えもしない軍票の束を渡されて泣き寝入りかもしれんな」
 公子がからかうと古相寺は声を上げた。
「そんなあ」
「特に純金となると目の色が明らかに変わる輩がいるからのう。だからこそ相手によっては工作に使えるのじゃ。さらにこの戦時下ゆえ紙幣より純金の方が人気が高いから、使いようがあるぞ」

 そこへ巫女がお盆に札束を載せて戻って来た。ひと束五百円は十円札が50枚だから、今の百万円束の半分ぐらいの厚みだ。しかし古相寺の興味は別のところだ。
「この肖像は誰ですか?」
「和気清麻呂じゃ」
「どんな事をされた方ですか?」
「道鏡の野望による神託工作を退け、平安京の造営工事を進めた方じゃ。それから千年以上経って正一位護王大明神の神階神号を授けられ、護王神社に祀られた」
「なるほど」
「そなたの時代は違うのだな?」
「ええ、福沢諭吉が一番高額の一万円札です」
「ほおー。あの諭吉がか、ずいぶん出世したな。それにしても一万円とはインフレが進んでおるのか?」
「インフレという声は聞かないです」
「まあよい。これを一人にひと束ずつ配ってやりなさい。そなたもだぞ。余りは引っ越しやら活動資金にあてるがよい」
「ありがとうございます。ではこの純金どうぞお納めください」
 古相寺は純金のインゴットをさらに押し出した。
 しかし、公子は受け取らずに扇で押し返す。

「今、申した事を忘れたか? 紙幣より純金の方が使いようがある。それは表の天子様に会う工作のために持っておるがよい」
 古相寺はびっくりした。いくらなんでもそれは虫がよすぎるのではないか。
「それでは困ります。旭子様にも叱られます。お納めください」
 すると公子は扇を少し開いてピシッと音を立てた。毎度のことながら古相寺はビクリとしてしまう。
「吾は桜受家の当主じゃぞ。吾が命を捨てて働いてくれはる桜受家の部下に給金を出すのは当たり前の話ではないか。札は隊員に配り余りは活動資金にせよ。純金は表の天子様への伝手を買う対価とするのじゃ。わかったな、古相寺」
 古相寺は感激で涙を浮かべた。
「公子様、私たちのことをそれほどまで……」
「さあわかったら、全部持ってさがれ」
 古相寺は「ありがとうございます」と感謝してさがった。

   ○

「ちょっと、白岩さん」
 古相寺は飛鶴の間に首だけ入れて白岩を廊下に呼び出した。
「なんや古相寺、こっそり呼び出すとはわしに惚れたか?」
 白岩がふざけて言うのをぴしゃりと返す。
「それは絶対ないっです、それより公子様が私たちにお給金を下さいましたので、皆さんにお配りください」
「ずっと御馳走になった上にそこまでしてもらってええんか?」
「私も遠慮申し上げたんですが押し返されて。公子様は時代は違っても桜受家の秘巫女様ですから、公子様のお申し出は私たちには絶対です、それとも突き返しますか?」
「あほこけ、突き返すのはあかんやろ」
「ということです。ここはインチキ大佐殿から隊員にお給金をお配りください」
「インチキは余計や。で、なんぼや」
「一人五百円です」
「なんか喜んでええんか、子供やないぞと怒った方がええんか、わからん金額だな」
「巫女に聞いたところ巡査の初任給が41円だそうです」

 白岩が思わず「なんだと」と声を上げた。
「つまり、新米巡査の一年分やないか、えらいごつい給金やぞ」
「ええ、よかったですね。一度きりと思いますが」
「充分や。たらふく酒が飲めるぞ、ええとこで酌してもらって後はしっぽりや」
「任務に差し障りがない範囲でお願いしますよ」
「生き返った。俺は生き返ったで」
「今まで死んではったんですか?」
 古相寺のツッコミに「正解や、半分死んでた」と答えて札束をふんだくると白岩は部屋の中に入って演説をぶった。
「諸君、諸君の滞在中の絶え間ざる研鑽の姿勢に感激して当代の秘巫女様が給金をくださるそうだ」

「俺たち、研鑽したかな」
 矢吹がつぶやくと望月が言う。
「俺は毎日拳銃を磨いてたから研鑽のうちだな」
 すると松丸が言う。
「僕は卓球で白岩さんを完封するために王子サーブを研鑽してましたが、まさか給金を頂けるとは」
 白岩が「お前だけなしや」と笑う。
 望月が訊ねる。
「で、なんぼ貰えるんや?」
「聞いて驚くな、なんと五百円や!」
 白岩の嬉しそうな声に松丸が一気にしょげる。
「まさかのワンコインすか」
「松丸、あほやな。物価の価値が全然違うんやぞ。当代五百円いうたら新米巡査の1年分の給料やで」
 松丸の声が裏返った。
「えっ、そんなに!」

 白岩は一人ひとりの手に帯封の五百円を手渡した。
「皆、好きに使うてくれ」
 望月が封を破って紙幣をしげしげと見ながら言う。
「80年前でも新札とはこれいかに。問題はこの戦時下、この金を使える店がほとんどないだろうちゅうことだ」
 すると白岩が言う。
「心配すな。軍隊のおる町には必ずええ酒とええ女のいてる店はあるもんや」
「そっち方面しか必要ない奴はそれでええけどな」

 どさくさに紛れて古相寺も愚痴を言ってみる。
「そうですよ、マッケンドーサーできないなんてひどい時代ですよ」
「マッケンドーサー? なんやそれ」
「私は外出許可が貰えるとマクドにケンタにミスドにサーティワンをはしごするんです」
「美食とは真逆の食い気やな」
 男たちが笑う中、松丸が「女の子らしくていいじゃないですか」とかばった。

 

 古相寺は男たちの雑談から抜けると部屋の隅でコード端末機を起動させた。もう壬生野と定時交信する時間なのだ。

『茜、おはよー』

『美穂、おはよ。いよいよ今日は出発やね』

『うん、茜が言うとったお守りを作りよったんやけど、お守りの符の紙が小さすぎや』
『うち細かい字は細字の筆ペンが頼りやん、それこの時代ないし卒倒した』

『で、どないしたん?』

『で、ずるして手本をそのまま使うたら、公子様に見つかってえらい叱られた』

『そりゃ叱られるわ。で作り直したん?』

『うん。そしたらなんとか手書きで出来て、神さんに助けてもろうた気がしたわ』

『えらいで、苦手を克服しはったな』

『それからな旭子様から預かった純金を君子様に換金してもらおうとしたんよ』

『うん』

『そしたらな公子様が純金は表の天子様に会う工作にとっとけて言いはって』
『五百円の束で十個、現金をうちらに下さったんよ』

『公子さん、太っ腹やな。そやけど物価がピンと来ーひんわ』

『皆、そない言うとる』

『待って、今、あひっとるでな、よし、昭和19年やと500倍から700倍やわ』

『てことは?』

『そっちの五百円は現代の25万円から35万円ぐらい』

『そないなんね、こっちの巫女さんが警官の初任給41円言うとって』
『白岩さんが巡査の給料1年分やなとか言うとった』

『ありがたいことやね。うちらが桜受家ちゅう証拠はないのにな』

『うん。旭子様は手紙や印刷物じゃインチキ臭いいうて何も持たさずに来たから』
『でも公子さんはうちの頭の映像を透視されて全てわかってくれはった』

『さすがは桜受家の秘巫女様やな』

『うん。ところで茜、例の潜水艦を見つけるうまい方法は見つかったん?』

『それな、まだというか、ちょっと面白い記事は見つけたけども』
『もうちょっと実際に可能か検討させてくれるかな?』

『おっ、なんかありそうなんやね?』

『まだ出来るいうて出来んとげんなりさせるし、もう少し検討させて』

『わかった、楽しみにしとるきに』

   ○

 午前11時に外山少佐と小柴中尉が、大きな包みを抱えた若者を従えてやって来た。

「白岩さん、お待たせしました。制服と書類をお持ちしました」

 軍服は海軍の場合、第一種軍装と呼ばれる紺色の冬用ジャケット、第2種軍装と呼ばれる白色の夏用ジャケット、そして第3種軍装と呼ばれる開襟平襟背広型の略衣に分かれていたが、冬に向かう今、用意されたのは紺色の第1種軍装だ。これは大佐になりすます白岩だけでなく、偵察機要員の望月と矢吹、通信要員の松丸も同じ紺色の制服で、いわば着任などの挨拶用だ。実際の仕事ではそれぞれあった制服に着替えることになる。
 白岩はじめ、男たちはズボンを脱ぎ出し、古相寺は慌てて廊下に避難した。

 2日目に採寸があってから結社の仕立て屋が大急ぎであつらえてくれたに違いない。ズボンの胴回りも股下も、背広の胴回りも腕回りも袖の長さもぴったりでなおかつ動きやすさもあり文句のつけどころがない仕上がりだ。
「いやはや、こんなにぴったりだと気持ちええですな」
「ええ、見た目も清々しいですな」
「物資窮乏の折、公子様にはご負担をかけましたな、ありがとうございます」
「同じ八咫烏結社ですから当然のことと仰せでした」

「南方に行かれる場合は暑いですから、南方向きの第3種軍装も用意しておきました」
「これはありがたい。何から何までお世話になりっ放しで恐れ入ります」
「皆さん、合ったようですな。帽子を被ってください」
 外山少佐が言って全員が帽子を着用するとそれもぴったりだった。
「小柴、お嬢ちゃんを呼んで来てくれ」 
 
 小柴中尉に連れてこられた古相寺が飛鶴の間に入るとは男たちは衣ずれの音まで揃って一斉に敬礼した。

 古相寺はそれを見て声を上げた。
「おおー、見違えました!」

 すると白岩が返す。
「わしは本番に強い言うたろ、大佐にしか見えんやろ?」
「まあまあですね。お爺ちゃんお婆ちゃんが喜ぶ『孫にも衣装』ですか?」
「古相寺、お前、馬子って漢字も知らねえのか?」
 白岩が呆れると、古相寺は余裕で返した。
「残念でした、知ってます。こう見えても漢字検定2級ですからね。
 でも本当に皆さん素敵に似合ってはりますよ」
 紺の制服を着て見違えるように凛々しくなった男たちにしばし古相寺は見とれた。

 外山少佐が白岩に言う。
「それでは白岩大佐殿におかれては呉の先、大竹にある潜水学校に出頭して下さい。急に潜水艦艦長に配置替えになるのだが潜水艦の実戦経験が少ないので実習に参加するという名目です。それで大丈夫ですかね?」
「昔、見学させてもろうたから、潜水艦操艦のイロハぐらいはわかります」
 白岩はそう答えたが、昔というのはタイムダイバー隊に決まってからで、白岩が体験入隊したのは現代の海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦である。もちろん潜水原理や構造的には大きな違いはないが、機器の性能が劣っていたり、操作や、かかる作業手間、所要時間が大いに違うだろう。どんな緊急場面でも迅速に指示出来るようにその点を頭に叩き込んでおかなくてはならない。
 外山少佐はさらに書類と書類入れを手渡す。
「それからこれが白岩さんへの命令書。こちらが伊号潜水艦で見せる参謀本部による極秘作戦命令書です。内容詳細は空欄にしてありますから書き入れてください」
「ありがとうございます」

 外山少佐は次の書類を小柴中尉から受け取って望月と矢吹に差し出す。
「望月大尉と矢吹少尉への訓練の命令書です。水上偵察機の訓練を特別に行う手筈を整えましたので岩国航空隊に出頭してください。現地では予科練生用の燃料確保が難しいため予科練生の訓練はもうやめておるのですが、今回は別の機体からの再訓練ということで無理やりにやらせます」
「ありがとうございます」
「前に言ってたように飛行機は少し旧式の九六式小型水上機になりますが」
「全くかまいません。これで技術を磨いて実戦に臨めます」
「それは頼もしい限りですな」

「そして松丸一等兵曹、艦隊司令部電信課への辞令です」
 外山少佐が書面を差し出すと松丸はお辞儀の敬礼をして受け取った。
「謹んで頂きます」
「地下壕がまだ工事中で通信課の場所についてはまた移動するかもしれません。艦隊司令部でよく聞いてください」
「はっ、了解しまました」

「これで皆さん、立派なというと語弊がありますが、事情を知らぬ者から見たら立派な海軍士官です。どうぞ八咫烏の名を大事にしつつ、海軍の名もそこそこ汚さぬよう行動してください」
 外山少佐が訓示らしきものをすると、白岩大佐が号令をかける。
「外山少佐殿、小柴中尉殿に礼」
 タイムダイバー隊四人の男の敬礼を受けて、外山少佐、小柴中尉は答礼して部屋を出て行った。

   ○

 秘巫女公子に宝物庫の出入り口で見送られて桜受家の地下要塞を出発したタイムダイバー隊一行は京都駅に着いた。
 明治10年にこじんまりしたレンガ造りで完成した京都駅は、大正3年に大きな塔を取り込んだルネサンス風の木造駅舎に改築されて、現代の雰囲気とはまるで違う。もちろん北側にどんくさいロウソクみたいなタワーなどない。
 ホームはそこそこの客がおり、買い出しのためか大きなリュックや風呂敷を持った者が目立つ。
 ここで白岩、望月、矢吹たちは広島の大竹と岩国方面に向かい、松丸と古相寺は横浜日吉方面に向かうのでお別れである。

 望月がからかう。
「古相寺はなんで事務服なんや。また桜受に帰るんか?」
「違いますよ。やはりこの時代に来てみるとスポーツウエアではさすがに浮くので酸漿さんに相談したら下さったんです。こういう地味な服の方が就活に向きそうですし」
 白岩が笑いながら言う。
「今やから教えるがな、古相寺が最初、一人で桜受家に乗り込んだ後な、皆であれはきっとタライやられへんでと笑っとったわ」
 男たちが笑う中、松丸一人が「僕だけは笑ってませんよ」と言い訳する。
「ひどい、わかってて助けに来いひんかったんですか?」
「細かいこと言うな。行かなくても助かったやないか」
「ほんまもう、えげつないんやから」

 古相寺は自棄みたいになってウェストポーチからお守りを取り出した。
「そない鬼のような皆さんにも神様の加護があるようにお守りを作りました。一人ずつ手を出して下さい」
 白岩が最初に手を出すと古相寺はパンと叩いてからその上にお守りを乗せる。
「おおきに、最初に出してくれとったら悪口は控えたったのに」
 古相寺はあっかんべーしてやる。
 次に望月が「ありがとうよ」と続く。
 そして矢吹が「どうもな」と続き、最後に松丸が手を握りそうな勢いで「自分のためにわざわざありがとう」と言いながら貰った。
 
 いよいよ列車の時刻が近づいて来た。
 矢吹が溜め息とともに言う。
「今日からあの夢のような御馳走ともお別れか」
 白岩が唸る。
「ううむ、毎日ごっつい御馳走やったのう」
 古相寺も相槌を打つ。
「私もです。毎日すいとんだと覚悟してきたのに、こんなに美味しいものがこの世にあるのかという御馳走が日替わりで食べられて」
 望月が笑って言った。
「これで思い残すことなく死ねるな」

 すると古相寺が突然、猛然と怒鳴った。
「そういう言い方はやめて下さい。死ぬのは仕方ないみたいな言い方」

 何事かとホームの他の客が視線を集める中、望月が冷ややかに言う。
「そういう古相寺も最初の顔合わせの時、生きて帰る確率はないみたいに言うたぞ」

 古相寺の口調は負けてない。
「あれはただの機械の予想です。途中でダメになりそうになってもあきらめて特攻とかせんといて下さい。絶対にあきらめんと命令をやり遂げて、生きて皆で帰るんです。
 皆は桜受の特務……じゃない」
 古相寺は外世間で禁句の特務員と呼びそうになって慌てて言い換える。
「ほれ王家に仕える身なんですから、やり遂げて生きて帰るんです」

 言いながら古相寺の目から堰を切ったように涙が溢れる。
 さほど長くない期間でも、いろいろと話もし、口喧嘩もした仲ではあったが、秘巫女の命令一下、安全かどうかも確証のないタイムマシンでこの暗雲渦巻く時代に飛び込んで来た仲間なのだ。だが、この時を最後に二度と会えぬかもしれん。いや、そんな筈はない、うちの今まで聞いた中では特務員ちゅう人らは不死身や。戦争なんかで死ぬ筈ない……。

「そんなん跳ね除けて『皆で生きて帰るんや』て、皆で言うて下さい」

 涙が古相寺の頬を流れ、顎から、大粒が落ちる。

「皆で言うて下さい。お願いします、『皆で生きて帰るんや』って言うてください」

「ちっ」
 白岩が鼻水をひとつ啜って言う。
「泣き虫のおなごがうっさいからの、ここは声揃えて言うたるでえ、ひぃー、ふぅー、みぃっ」

『皆で生きて帰るんや』

 戦時下のホームで、海軍士官達がそう声を揃えた事は、実に奇妙な光景であった。

  つづく