八咫烏のタイムダイバー 更新分のみ

2021年9月25日

八咫烏タイムダイバー表

全体を読みたい方はこちら ↓ タイムマシンを手に入れた八咫烏やたがらす結社 桜受おうけ家の秘巫女ひみこ 旭子あきこは原爆投下を阻止するタイムダイバー隊を派遣する  ↓ 

 

第33章 伊号潜水艦出撃

  
 

 白岩、望月、矢吹の三人は司令官室で腕組みをしていた。インディアナポリスの護衛に駆逐艦が二隻付くのでは空気が重くなるのも当然だ。
「矢吹、なんかないか、戦力がドーンと上がるアイデアは?」
 矢吹は仕方なく却下濃厚と思いつつ策を述べる。
「それならばもう一隻伊号潜水艦を引き入れるのが最善でしょう」

「どこの何ていう伊号や、それをどうやって引き入れるんや?」
 すると望月が代わって言った。
「そういや、呉工廠のでかいドックに伊号第404がいたな。進捗度9割超えてほぼ完成してるらしい。あれをこっそり貰ってくれば」
「貰うにも404はこの12よりでかいんだぞ、乗組員も百五十人ぐらい必要や」

 そこで矢吹は白岩に抵抗してみる。
「じゃあこの艦と交換したらええのと違いますか、晴嵐を三機も積めるから戦力アップは間違いなしや」
「うん、それはなんぼか魅力や。だがな、お前ら肝心な事を忘れてるぞ。わしらが呉を脱出した後にB29が千個の機雷を投下して呉周辺を封鎖したやないか。千個の機雷をきれいに片付けんと大きい艦は通り抜けられん」
「あ、そんな話を聞いた覚えはあるな」
「あれ、でもあの後、大和が出撃しましたよね。掃海は済んでるかもしれません」

 矢吹に指摘されて白岩は口を歪めた。
「だがな、未完成で放置されとるには理由がある筈や。潜水艦は浮いてればいいだけの水上艦と違って造りがデリケエートや。そんな艦に乗るやつは慎重さに欠けてるぞ」
「確かに。俺も言い出したものの、そこは気になってる」
 望月は溜め息を吐いた。
 その隣で矢吹が聞く。
「じゃ白岩大佐殿はええアイデアはありますか?」

 白岩は短く唸った。
「わしか。もう装備に脳みそ絞るだけ絞ったからな、鼻水しか出えへん。爆雷防御傘「クジラ」と自航走式デコイ「影武者」でやった強化はこの帝国海軍にあってはそれなりにすごいことやと思う。
 さらに強いて言うなら零式偵察機が帰還したらすぐ載せ替えられるようにフロート台をもうひとつ追加しておく手やな。魚雷を積み込む作業は慎重にせなならんからどうしても時間がかかる。その間の艦は無防備に近くなるからお前たちが帰還する前に魚雷を積んでおくということや」

 すると望月が突っ込む。
「だが甲板に魚雷を装着したフロート台を置いとくのもかなり危険だぞ。鮫に激突されただけでも鮫と心中かもしれん」
 白岩は鼻から息を吐く。
「戦闘時の一時的な状況や。なんならわしが前に立って鮫を追い払ったる。
 そう言う望月のアイデアはないんか?」

「アイデアというには小物だが、ドローンを潜望鏡深度で使えるようにコントローラのアンテナをシュノーケルに接続するように設楽田に頼めるといいんだが」
 白岩は腕組みをした。
「そうやな。頼むのは賛成や。ただやつは、うすうすわしらが違う世界の技術を持ち込んでると気付いてると思うんや。これをどう説明したもんかな?」
 望月が頭を掻いた。
「それは言わない方が設楽田にとって楽だと思う。人間、自分の秘密は守れても他人の秘密を守り通すのは大変になるというのが道理だろう」
 矢吹も賛成する。
「自分らが実は未来から来たんだと打ち明けても、それを彼が他人にこっそり伝える時にまず信じてもらえないのは確実ですよ。結局、正直に話したことが彼を苦しめる事となるかもしれません」

「そうか。ではとぼけて頼むとしよう。ドローンはええと思うでレーダーがないなら高いところから見張った方がええに決まってる」
「なんでもドイツのUボートで小柄の水兵を凧に乗せて偵察したらしいです」
 矢吹が言うと白岩が笑った。
「ああ、それは雑学博士の壬生野も言っとった」
「先を越されてたか」
 矢吹は苦笑した。

    ○

 曇り空の下、先端に錨のエンブレムがついた海軍公用車が海岸沿いを走っていた。
 行く先の都合でハンドルは本来の軍令部付きの運転手を休ませて、桜受家の特務員である小柴軍令部中尉が握っていた。
 助手席には祝いの樽酒がでんと置かれ、足元にもウイスキーの瓶が並ぶ。そのため後部座席は外山中佐、古相寺、松丸少尉が窮屈な三人掛け状態になっている。

「西伊豆は富士山がよく見えてよいねえ」
 後部窓際に座った今年昇進した外山軍令部中佐が言うと、すぐ隣に座っている巫女服姿の古相寺が頷いた。
「外山中佐は西伊豆は初めてですか?」
「ああそうだね。伊豆は伊東に海軍の保養所があって何度か来たことがあったが、西側には来たことなかったんだ」
 
「しかし明院寺家はたいしたもんだ。沈んでたかもしれない潜水艦を手に入れて整備してついに出撃の時を迎えたのだから」
 昭和の桜受家の外山と小柴には、面倒な説明を省くためタイムダイバー隊は同時代の明院寺家の特務員ということで通してある。

 古相寺を挟んで反対の窓際に座っている松丸が言う。
「これは外山中佐殿、小柴中尉殿のご尽力のお蔭です。外山中佐がおられなければこの作戦は成り立ちませんでした。なあ古相寺さん」
 古相寺は顔のすぐ隣で松丸に呼ばれてハッとした。そして声を合わせる。
「本当にその通りです。外山中佐殿、小柴中尉殿、ありがとうございました」
 外山中佐は手を横に振る。
「いやいや私らはちょちょいと書類を書いて問い合わせの電話に『その通り』と答えただけですよ。ご尽力などと言われてはこちらが恥ずかしい。
 しかし八咫烏の一員として明院寺家の出撃には胸が高鳴りますよ、なあ、中尉」

 小柴中尉が前方を見たまま頷く。
「全くその通りです。自分も乗せてほしいぐらいです。
 改造したという装備も早く見てみたいものです」
「その爆雷防御の傘はテストしたのかね?」
 外山中佐の問いに松丸が頷いた。
「しました。問題ないそうです。何回しのげるかという未知の部分は残りますが」

 やがて運転手の小柴が声をあげた。
「いよいよ右手に岬が、神社も見えて来ましたよ」
「あれが神社か。伊号潜水艦はあの木立ちの向こうだな」
 外山中佐の問いに松丸が答える。
「はい、そうです」

 古相寺はあの神社の先のびゃくしん樹の林で松丸にキスされたことを思い出しドキドキしてくる。しかも後部座席に三人掛けのため松丸の右側と古相寺の左側はぴったりとくっついて、もちろんそんなことは起きる筈ないのだがすぐにも松丸に抱きしめられそうな気さえしてくる。
 いけない、妄想が独り歩きしてはる。今日またあのびゃくしん樹の林に散歩に行くと、松丸が不意に振り向くのだ。(そういやここでキスしたんやったな。美穂さんの唇は素敵やったよ)と言われて(またええよね?)なんて聞かれて古相寺は(だから聞くなというとるに)と少し苛っとしながらも(はい)と答える。もう顔が火照りそうだ。
 
「古相寺さん、この前はリヤカーで大変だったけど車だとあっという間やね?」
 松丸に言われて古相寺はどきまぎする。
「えっ、ええ、そうですねえ」
「あれ、顔が赤くないか、寒いんか?」
 古相寺は(ほんに鈍くて、いけずなんやから)と思いつつ答える。
「だ、大丈夫や」

    ○

 まもなく海軍公用車は大瀬神社の境内に到着した。
「ごめんください」
 古相寺が社務所のガラス戸を覗くと中から婦人が顔を見せた。
「ご苦労様でござります。神主はもう桟橋に行っておりますので、お願いいたします」
 古相寺は扇と鈴を受け取った。
「わかりました。そちらへ行ってみます」

 古相寺の前を歩いていた外山中佐が声を上げる。
「見えた、見えた」
 木立の先に浮き桟橋があり、その向こうに伊号第12潜水艦が浮いている。甲板が網に覆われていてジャングル迷彩とまではいかないが、臨戦態勢の雰囲気が強い。
 桟橋の手前には氏子の女子衆と子供達が揃っての見送りだ。子供たちは伊号から支給されたらしいラムネを手にはしゃいでいる。
 南へ向かう伊号の進路を邪魔しない岬の先端の方には大漁旗を掲げた漁船が群れをなして伊号の出撃を祝っている。

 外山中佐を白岩が桟橋から降りて迎える。
「これはこれは外山少佐、いや中佐殿に昇進されてましたか。わざわざご足労、かたじけなく思います。この艦が出撃まで漕ぎ着けたのも外山中佐のお蔭です。公子様にもよろしくお伝えください」
「なんの。私はめくら判を押しただけですよ」
「どうぞお上がりください。案内いたします」

 外山中佐は白岩に先導されて伊号第12潜水艦の甲板に上がった。爆雷防御「クジラ」の網は乗組員が何十人と並んで持ち上げ、その下を人が通れるようになっていた。
「それにしてもたいした潜水艦ですな。おお、これはシュノーケルも付きましたな。白岩大佐だからこそ、ここまで改装出来たのでしょう」

「この箱みたいなものはなんです?」
 外山中佐は甲板に太いゴムバンドで固定された箱を見つけて聞いた。白岩は詳しいことは省いて簡単に伝える。
「それはフロートの強化下駄です。格納筒に入りきらなくて甲板に括り付けてます」
「なるほど」
 
 白岩は続いて外山中佐に艦内も一通り案内してやり、自航走式デコイ影武者も「これで音を出して敵の聴音係を攪乱するんですわ」と見せてやった。影武者は潜望鏡深度であれば魚雷発射管から射ち出すことも可能だ。
「ほお、これはまた考えましたな」
「いや、これぐらいは誰でも考え付きますよ」
 白岩はそう答えて兵器の歴史からパクった事実を慰めた。

 白岩と工藤艦長や幹部たちと外山中佐が桟橋を渡って砂浜に降り来た。
 白岩は松丸を見つけると近寄った。
「いよいよ出撃やで」
「ご武運を祈ります」
「ちょっと面倒な展開になりそうなんや。どうや、松丸も伊号に乗ってくれんか?」
 その声に古相寺が急に接近して来た。
「面倒というと?」

 白岩は声を絞って囁いた。
「護衛が二隻付くんや。予定狂ったわ」

「そうなんですか」
「そやさかい松丸も乗ってくれ」

 そこで古相寺が興奮した口調で割り込む。
「ダメです。松丸はんはこっちの勤めがありますよ」
「お前になど聞いてないわい。な、松丸は伊号に乗れ」

 すると今度は松丸が断る。
「いえ、行けません」
 白岩の表情が一変した。
「なんや古相寺が可愛くて、お前は危険な綱は渡らんと言うのか?」
 すると松丸は怒りを表情に表した。
「見損なわんでください。美穂がすでに妻だとしても任務に関係ありません」
 古相寺は妻という言葉に(きゃっ!)と声が出そうになった。

「自分は旭子様から頂いた特別任務があるので行けないのです。それだけです」
「そうなんか?」
「はい。そっちも最後の詰めなので外せません」
「ははあ、大体、わかったわ。じゃあ松丸はそっちの詰めをやり遂げてくれ。
 お互いに最後まで任務を成し遂げようや」
「はっ、ありがとうございます。
 白岩さんも絶対に成功させて死なずに帰って下さい」
 松丸は念を押した。
「おう、当たり前や」
 白岩が答えたところで松丸は本音を明かす。
「白岩さんたちが一人でも戦死したら美穂を慰めるのが大変になりますので」
「なんやそこは古相寺のためやないか?」
「まあ、そこはそうです」
 白岩に笑われ、古相寺は真っ赤になった。

    ○

 いよいよ出陣式が始まった。
 まず古相寺が扇で舞を披露し、続いて神主が先勝祈願の願文を読み上げた。
 松丸と小柴が抱えて持って来た樽酒が割られて見物衆に配られる。
 白岩たちが引き上げると、乗員は網の上に這い出て整列し敬礼を送る。見物衆から万歳の声が繰り返し上がる中、伊号第12潜水艦は桟橋を離れて進みだした。
「帽振れー」
 号令の元、乗員たちが帽子を振る。
 楽隊の演奏や僚艦の見送りはないが、その代わり大漁旗を掲げた漁船が後を追いかけるという風変わりな出陣だった。

 乗員たちが艦内に引き上げると、艦橋の白岩は真後ろを振り向いた。富士山はこの国が衰亡の瀬戸際にあるにも関わらず悠然としている。それを眺めているだけで全てがうまいことゆくような気がしてくる。白岩は手を合わせた。
「何とぞ、この作戦を成させ給え」

    ○

 5キロほど航走すると伊号第12潜水艦は潜望鏡深度に潜航した。爆雷防御傘「クジラ」は海面のすぐ下、艦橋の縁ぐらいの高さでピンと張ってクジラの影が貼り付いているようにも見える。

 工藤艦長が艦内放送で呼びかけた。
「総員聞け。これより白岩司令より訓示がある」
 マイクを受け取り白岩が訓示する。
「いよいよ本艦は作戦海域にゆっくりと時間をかけ移動する。敵にはいまだ動きはなく目標艦名も未定だが、その航路はハワイを経由してグアム島、テニアン島に向かうことはほぼ明白であり、我らはその中間海域でこれを必ず発見して迎え撃ち、絶対的に撃沈する。
 以前も話したように、これが運ぶ新型爆弾は人類史に汚点となる非人道的で無差別破壊的な爆弾である。開発すること自体が許すべからざる暴挙なのだが、遺憾ながら鬼畜米国はそれをわが国土に落とし、罪もない一般国民を何万、十万と巻き込んで殺戮しようとしているのだ。
 この無辜なる国民十万の命は我らの肩にかかっている。これより毎日、毎時毎分毎秒、一瞬たりとも忘れることなく肝に銘じて、悪魔の手先たる敵艦を撃沈する図をその度に脳裏に刻みつけるのだ。
 そして武勲を挙げて、誇りと誉れと共に帰国するのだ」
 自らを奮い立たせる万歳の声が沸き起こった。

    ○

 裕仁天皇はそのことを考えると胃が痛くなった。。
 さる5月25日に東京に再び大規模空襲があり、宮殿は御静養室を以外が焼失、また皇太后の住む大宮御所、皇太子のための東宮仮御所も全焼した。さらには秩父宮、三笠宮、閑院宮、東伏見宮などの屋敷も罹災した。これは天が一刻も早い講和を迫っているとしか思えない。

 その講和の障害となっているのが裕仁天皇にとって一番苦手な母皇太后なのだ。あの巫女が言ったように皇太子時代の訪欧ですっかり洋風文化に心酔してしまい、若気の至りで最重要行事である新嘗祭をすっぽかしてビリヤード三昧に興じた罪を母皇太后は今も許してくれていないのだ。そのため皇太后はまるであてつけのように帰還兵を大宮御所で歓待したり戦勝の祈願をして裕仁天皇を圧迫してきた。
 ここで大宮御所が全焼したことで疎開を促す絶好の機会がもたらされたわけだが、そのために自分から母皇太后に会うと考えるだけで裕仁天皇は冷汗が滲み胃が痛むのだ。

「侍従長、大宮御所に行くよう手配をしてくれ」
 大宮御所は全焼したのだが、皇太后は赤坂離宮に移り住み続けている。大宮御所に行くというのは皇太后と会おうという意味だ。
 藤田は裕仁天皇が講和へ向けての手を打とうとしたことを歓迎した。6月8日の御前会議では皇居がこれほど悲惨な状況なのに戦争継続の方針が打ち出されて裕仁天皇も流されるしかなかったのである。

「あ、はい、では疎開をご説得に?」
「うん」
「それはよろしうございます。では14日にいたしましょう」
 藤田侍従長はそう言ったものの、裕仁天皇が俯いて苦しそうなのを気にかけた。
「皇后様と一緒に行かれると、女同士の会話で間が取れて、ご説得を進めるのにも都合よろしいでしょう」
「うん、それがいい」
 裕仁天皇は頷いたが視線はやや虚ろであった。

    ○

 6月14日がやって来ると、裕仁天皇は朝食もろくに喉を通らなかった。さらに訪問の時刻が近づくと裕仁天皇は吐いてしまった。これで裕仁天皇がいかに皇太后を畏れているかが周囲の者にも知れた。
「今日の大宮御所様へのご訪問は取りやめにいたしましょうか?」
 侍従がおそるおそる尋ねると、裕仁天皇は憮然として答えた。
「行くよ」

 午後1時半に裕仁天皇は皇后を伴い出発、赤坂離宮の御苑に入った。
 皇太后は僊錦閣のあたりまで出て二人を出迎えた。
「よう来られました」
「大宮様には御機嫌うるわしう……」
 裕仁天皇が語りかけるのを遮り皇太后が言う。
「御所も焼けたゆえ見てくれるか」
 そこで皇后が慌てて挨拶する。
「義母上様が御無事で何よりでございます」
「空襲の最中は地蔵尊の朱印をずっと押して亡くなる民のために祈っておりましたから、わらわがまかる筈がありません」
 さすが『どんなに人が死んでも最後まで生きて神様に祈る心である』と宣言した皇太后の実践がそこにあったのである。

 早速に大宮御所の焼け跡に案内されて、無残な建物を眺めながら裕仁天皇は今こそ疎開を切り出すべきかと何度も思った。
 だが、ようやくそれを口に出せたのは焼け跡から帰り、離宮の御文庫で茶菓を出されてくつろいだ時だった。
「御所がかくなった上はこちらは危うい。軽井沢か那須あたりに疎開されてはと思うが、いかがか?」
「そのようなこと考えておりません」
 皇太后に即座に否定されて裕仁天皇の顔は怒りのためか落胆のためか青くなった。
 午後4時前に裕仁天皇は皇后と帰路についた。

 翌日、裕仁天皇はすっかり体調を崩して寝込んでしまったという。

  

 

 つづく