八咫烏のタイムダイバー 更新分のみ

2021年11月14日

八咫烏タイムダイバー表

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第40章 大いなる帰還

 
 

 松丸は御文庫の中の診察室に入り古相寺を診察ベッドに寝かせた。
「美穂、しっかりしてくれ。死んだらあかん」
 松丸が抑える千早の下から血がじわーと沸いてきて、松丸は恐れおののく。

 まもなく衛兵に呼ばれた医師が看護婦を連れて登場した。
 薄い頭髪と丸眼鏡の医師は唸るように聞いた。
「どうしたのだ?」
「半蔵門で暴漢の将校に拳銃で撃たれたんです、1メートル半ぐらいで」
「胸の中央か、これは難しいかもしれんな。江藤君は産科に行って手術器具を持って来い。もう帰った筈だが鍵はいつもの板についてる」

 医師は看護婦を走らせると、松丸に言った。
「私は傷口を押さえてるから君は着物を脱がせろ」
 松丸は一瞬息を詰めた。
 愛しい人をこんな形で裸にするのは痛ましい。しかしだからといって今裸にしなければそれこそ死んでしまうかもしれない。
 松丸はなるべく肌を見ないようにして古相寺の血が大きな染みになっている千早を脱がせ、目をつぶって医師の手が差し込まれた衵の襟を左右に大きく開いた。

 松丸は横を向いていたのだが、まもなく医師が言った。
「出血の勢いが少し止んだようだ」
「じゃあ助かるんですね」
 松丸がホッとして言うと、医師は叱り飛ばす。
「そう単純じゃないぞ。出血量からしてむしろ危ないと言えるし、動脈かどこかが傷ついておるし、器具の用意も万全じゃないし、俺も外科医じゃないし、うまく手術できるかはわからん」
「そんなこと言わずお願いします」
「もちろん全力は尽くすがな、俺は手術がないというから宮内省の医師に応募したのに因果なことだわい」
 そんなことを言われては松丸も心細い限りだ。
 話を聞くと当時は天皇陛下の体にメスを入れることなど全く考えられておらず、この医師松沢は皇居専属の医師なら永久に手術せずに済むぞと思って就職したらしい。

 まもなく看護婦が手術器具を入れた箱を持って戻ってくると、松丸はこのまま助手など頼まれたら神経が持たないと決めて廊下に飛び出した。
 そしてコード端末機を取り出し、素早く打ち込む。

『壬生野、出てくれ! 緊急事態なんだ』
 松丸は苛立ちながら画面を見つめたが、それは5分ほどで解消された。

『松丸はん? 美穂はまだですか?』

『大変なことになった、美穂が陸軍将校に拳銃で撃たれたんや』

『け、拳銃で? なんでですか?』

『おそらく徹底抗戦派や、美穂が降伏を吹き込むから天誅だとか言ってた』
『それより弾が胸に当たって、意識がないんや。俺がそばについてながら守れんかった』
『この時代、宮内庁病院はなくて、医師は内科で手術が苦手らしく頼りにならん』

『そんな』

『とにかく意識不明の危ない状態や、こんなこと頼めるかわからんけど天神結社の知子さんに蘇りの秘術をお願いできんやろか』

『そうどすね、救う可能性のあるんは天神結社の知子はんの十種奇神宝の秘術ですやろな。しかしあれは頼まれたからいうてほいほいと出来る術やなさそうですよって』

『頼む、なんなら俺の命と交換でもいいんや。万が一このまま美穂が死んだら護衛についてた俺は死んでも死に切れん。なんとかお頼みします』
 松丸の命全てを投げ打つ覚悟の言葉に壬生野の心もきゅんと涙が溢れて萎む想いだ。

『と、とにかく今すぐ天神はんに電話して頼んでみます』

『うん、頼んます。俺はここで待ってるで』

『わかりました』

 松丸がコード端末機を懐に入れると、そこへ宮内庁の職員らしき人影が駆け寄ってきた。
「古相寺さんはこちらですか?」
「失礼ですが、あなたは?」
 するとその人物は打ち明けた。
「私は侍従次長甘露寺といいまして、本日、お上と古相寺さんの謁見を準備した者です」

 松丸は踵を合わせて敬礼した。
「そうでしたか。失礼しました。私は彼女の同郷の氏子で海軍少尉松丸といいます。
 先ほど半蔵門で徹底抗戦派らしき陸軍少尉に拳銃で撃たれて彼女は意識不明です」
 甘露寺の表情が歪んだ。
「なんたること……」

 松丸はぶしつけに要望してみる。
「もし近くに腕のいい外科医がいましたら呼んでいただきたいのですが」
「ああ、松沢先生は内科ですからな。しかし周囲は焼け野原で外科医もありませんし」
 松丸は頷きつつも縋る。
「日赤病院などから陛下のお声がかりで外科医を呼ぶわけにはいきませんか?」
「それは難しいです。そもそもお上は体を切る外科にかからない前提になってます」
「やはりそうですか……。
 彼女は陛下に明後日のポツダム宣言をすみやかに受け入れ降伏するように説得に来たのです。どうか陛下にその事を実現していただくようにお伝え願えませんか。でないと彼女も私も死んでも死にきれません」

 甘露寺はうん?と松丸に顎を向けた。
「松丸君は今、おかしな事を言われましたよ。松丸君も死にきれないとは古相寺さんの後追いでもするおつもりですか?それは理不尽だし帝国軍人の心構えに反する」
「いえ、自分は古相寺さんを護衛するためについて来たのです。暴漢の陸軍少尉が衛兵と似た服だったので一瞬油断してしまい反応が遅れました。痛恨の失敗です。ですから彼女に死んでお詫びするしかないのです」
「ふむ。松丸君は古相寺さんを愛していたのですね?」
 甘露寺に言われて、松丸の閉じていた涙腺が一気に崩落した。

    ○

 天神結社の表の顔のひとつである(株)緑化星命。
 社長室に連なる秘書室で美音はすっかり帰り支度を済ませて席に座っていた。そこへ交代の夜番を勤める先輩立花がやって来て挨拶を交わす。
 葵先輩も今日の出来事を談笑しながら帰るモードになっている。
「えっ何、じゃあ、美音ちゃんは祈祷の間の知子さまに指図したわけ?」
 立花に聞かれて美音は首を左右に振る。
「指図だなんて、そんなことしてません。ただ辞職覚悟でメモを入れただけで」
「怖いもの知らずもいいとこだわ、それ。私なんか叱られてちびったことあるで」
「えーっ、立花さんがですか?」

 そこへ電話が鳴り響いた。
 こういう場合、一番下の者が対応するのは日本の殆どの企業の通例だ。
「はい、株式会社緑化星命でございます」
 電話の向こうは戸惑いの声になる。
「あの天神結社ではないでしょうか?」
「あ、はい、天神結社でもございますが」
「あの午前にうちの菊高から電話いたしました桜受家の者で、私は壬生野と申します」
「ああ、あの時の桜受家様ですね。いつもお世話様でございます」
「その節は知子様にお骨折りいただきまして、お蔭様でうちの潜水艦は無事に目標の重巡洋艦を撃沈できました」
 ゲームの『艦これ』以外ではまずあり得ない会話だが、ここでは意味が通用する。
「それはお見事でしたね」
「改めてお礼に伺いますが知子様に『ありがとうございました』とお伝え下さい」
「わかりました。伝えておきます」
 美音はそこで用件が終わったと思ったのだが相手の電話は切れなかった。
「その後ですね、当家の巫女古相寺という者が裕仁天皇に一刻も早く降伏を表明するように直談判に行ったのですが、徹底抗戦派の陸軍将校に拳銃で撃たれてしまいまして現在瀕死で意識不明なのでございます」
 美音は桜受の活動の大変さに眩暈がしそうになった。
「そこで大変図々しいお願いなのですが、今一度、知子様に十種奇神宝の秘術で古相寺を助けていただけないでしょうか。その皇居には内科医しかおらず危険な状態なのです」
「ちょっとお待ちください」

 美音は先輩二人に手短かに事情を説明した。
「そんな気軽に頼まれても困るわ」
「桜受の旭子さんならそのうち値の張る物を届けに来ると思いますが、今日の知子さんはだいぶお疲れでしたからね」
「美音、お断りしといて」
 簡単に片づけようとする先輩に美音はまたも反論してしまう。
「しかし桜受家の隊は原爆を阻止に行ってるんですよね。原爆は一個止めただけでは次をすぐ作られてしまいます。阻止のためには天皇陛下を説得する事が敵艦撃沈以上に大事かなと思われます。潜水艦の乗組員を助けたようにこの交渉役も助けるべきかなと……」
 葵が立花に言う。
「立花さん、これなんですよ、美音は変なところで頑固なんです」
 立花は腕組みして美音に言う。
「あなた、建前だけで全てを通そうとしても無理よ。企業だったらコストの問題があるし、うちの術式だったら知子様の気力体力の問題がある」
「しかし、ここで天皇陛下を説得しなければ日付が何日か後ろにずれるだけで原爆は投下されてしまいます。それでは知子様だって悔しいのではありませんか?」

 知子の気持ちの問題まで出されては先輩立花も返しようがない。

「じゃあ美音が知子様のところに行ってお伺い立ててみなさいよ。
 昼の間ずっと術式をされた後は気力も体力もボロボロに落ちてる筈だからね、そこへ『もう一回お願いします』なんて言い出したら『この馬鹿者め』と叱られて護衛に斬り捨てられても知らないわよ」

 美音は突き放されて電話口の壬生野に説明した。
「一応、知子様にお伺いしてみますが、申し訳ありませんが保証はできかねますので、その点はご了承ください」
 すると壬生野は意外に明るい声で言った。
「そうですか、ありがとうございます。知子様も大変にお疲れとは思いますが、これは百年に一度の御偉業になると思いますので、伏してお願い申し上げます」

    ○

 知子ど玲子の巫女控室には祈祷終了の直後に桜受家の旭子から喜びの報告がもたらされた。旭子との挨拶が終わると知子は汗を流して風呂につかり、巫女控室にあるマッサージチェアをリクライニングして使ったまま眠ってしまった。
 巫女達はスイッチを止めてテーブルで知子の目覚めるのを待った。

「あ、そうや!」
 突然、そう言って知子は目を覚まし上半身を起こした。
「忘れとった、ほら、例の舟盛り、早う出してや」
 巫女達は笑顔になって冷蔵庫からガラスで出来た舟形大皿を取り出した。

 舟形大皿の縁に沿ってキウィ、マンゴー、ベリー、リンゴ、白桃、黄桃、オレンジ、バナナ、チェリー、ウェハースがぐるりと二重に取り囲み、真ん中にはコーンが横向きに突き出たアイスが三つちょうど戦艦の大砲のようだ。そして真ん中にボウルの形のままの巨大プリンが主役となり、そばにはキャラメルソースとバニラソースが瓶容器にたっぷりと入ってる。
 ネーミングは『戦艦プリン』というらしいが、名前負けしないボリュームでとても一人では食べきれるものではない。しかし一応戦艦プリンはまず知子が独り占めして、巫女たちには普通のサイズのプリンアラモードと紅茶が配られる。
「誰も帰ってないのはもしかして皆、これを待っとったんか?」
 知子の問いに巫女達は一斉に「はい、プリン待ちです」と答える。
 
「それでは皆、本日はご苦労様でしたな。いただきます」
 知子の挨拶で打ち上げが始まった。巫女達もこの時ばかりは普通の女子に戻って喋り合いながらプリンに夢中だ。
 知子はまず外周のマンゴーをひとつ食べてはキャラメルソースをスプーンですくいボウルプリンをひとくち、ふたくち口に運ぶ。美味しーわあ。続いて次は白桃をひとつ食べて、バニラソースをすくったスプーンでボウルプリンをひとくち、ふたくち食べる。美味ひーっ。こんな調子で知子は外周のフルーツをほぼ平らげた。ただボウルプリンは手をつけたのは半分にも届かない。
「朕は満足や。後は食べられる者で食べてくれる?」
「頂きまーす」
 知子が譲ると、巫女達はあっという間に残りを分け合って食べ出した。
 知子はモニターのスイッチを入れて漫才を見始める。笑いは免疫力を高めると聞いてから暇つぶしの時間には漫才を見ることが多いのだ。
 
 そこへ廊下で警備する汽車とやりとりする声がして美音が入って来た。
「知子様、昼間は大変失礼しました」
「ああ、美音。皆、この新人秘書が祈祷中にドアを開けて、うちに十種奇神宝の術式で潜水艦の人間を蘇らせてくださいと頼んで来たんやで」
 巫女達の間に驚きの声が上がる。
「すごい強心臓ですね」
「私、丁度、ドアのとこに立ってて『開けては駄目です』と言うたんですけど、さっさと名簿とメモを入れはって」
「規則に疎い新人とはいえ、神聖なる祈祷の間の結界を破ったのは大罪ですわ」
 美音に対する巫女達の評価はひどいものになったが、知子が聞いてくる。

「それで美音、もう帰る時刻やろ、どうしたんや?」
「それが桜受家から電話が来まして……。幸い目標の艦は原爆ごと撃沈出来ましたが、それだけでは物資豊富な米国はすぐ次の原爆を製造してしまい原爆阻止にはならないそうです。そこで巫女が裕仁天皇に一刻も早く降伏を表明するように直談判に行ったところ、徹底抗戦派の陸軍将校に拳銃で撃たれてしまい瀕死の重傷らしいのです」
 そう聞けば知子も「それは大変やな」と同情する。
 ここぞと美音は懇願する。
「はい。そこで桜受は今一度、知子様に十種奇神宝の秘術で古相寺という巫女を助けていただきたいと申して来たのです」

「それはちょっと図々しいのと違いますか。」
 そう言い出したのは年長の巫女梅佳だ。
「襲撃されて大怪我されたんはお気の毒ですが、結社の作戦中なら全ての危険も予想して自家で対応すべきことで、わざわざ他家に秘術を求めるのは甘えすぎです」
 年長の巫女が長年の知識から言い出した正論だから周囲の巫女も頷き知子も認める。
「たしかに梅佳の言う通りやな」

 美音は食い下がった。
「知子様、ちょっとお待ちください。
 今回の桜受家はタイムマシンで昭和に行ってるんですよ。そこは現代のような撤収部隊もなく、高度医療再生装置もありません。さらに宮内庁病院もなく、居合わせた医師は内科で手術が苦手らしいのです。
 つまり救えるのは世界で知子様だけなのです」
 美音は知子の目をじっと見詰めた。

「さらに言えば、この度の桜受の作戦は差し迫った原爆輸送を止め、裕仁天皇に早期講和をさせるという二段構えのようです。
 知子様は原爆輸送を助けて桜受に大きな恩を売りました。ですがこのままでは全体の作戦は失敗して桜受家は意気消沈するでしょう。
 今一度、骨を折って早期講和も助ければ、全体の作戦も成功する可能性が高まります。
 当然の事ながら知子様は無辜なる民を救いたいという心根に共感して祈祷に参加されたわけで、見返りを求めて参加されたわけではありませんが、ここで、原爆輸送だけ助けた場合と、原爆輸送と早期講和の双方を助けた場合を比較すれば、桜受家が自主的に申し出る見返りの規模には天と地の開きが生じるかもしれません。
 知子様、いかがでしょうか?」

 ふふふっと知子は笑った。
「美音、お前は秘書にしとくのが勿体ないような参謀の素質があるな。
 それにうちは戦艦プリンを食べて、今、とてもモチベーションが高まってるし、ここはもう一人助けてやるとしよう。皆、すぐに儀式の用意にかかっておくれ」

 美音は「ありがとうございます」と言って小さくガッツポーズした。

    ○

「天津神、国津神、八百万神、日皇大神、月弓尊、月夜見尊、月読尊、大山祇大神、なにとぞ古相寺美穂を守り給へ」
 松丸はかれこれ三時間、診察室の廊下で床に正座して合掌して祈っていた。

 不意に診察室のドアが開いて医師松沢が現れた。
「まだ待ってたか、まだ油断はできないが手術自体はうまくいったぞ」
 松丸は立ち上がって医師松沢にお辞儀した。
「ありがとうございます」
「いやあ不思議な事もあるもんだよ。銃弾が紙に包まれて途中で止まっておったのだ。また血管の破れたところにも紙が貼り付いて守っててくれたので私も焦らずに手術ができたのだよ。これだよ」
 医師松沢は松丸の手に血で染まった紙を乗せてくれた。
 それは四枚あり図形のような霊符と呼ばれるもの二枚と、松丸も見覚えがある、サムハラのお守りに古相寺が貼ったもの二枚だ。
 医師は盛んに不思議がる。
「しかし、最初はかなり勢いよく出血しておったから、紙は後から貼り付いたと考えるしかないだろう。いやあ、なんとも不思議だよ」
 松丸は自分のと比べて見ようと胸ポケットからお守りを取り出してみた。すると、布地に貼ってあったサムハラの神字の紙が消えている。もしや中身もそうなのかとお守り袋を初めて開いてみると中に入ってるべき霊符もない。

 奇跡だ。奇跡が起きて松丸のお守りの紙が瞬間移動し古相寺の命を守ってくれたのだ。
 自然と嬉しい熱い涙が溢れ溢れた。

    ○

 古相寺はおかしな夢を見ていた。
 小高い丘に戦国の鎧を着け戦支度の男たちが集まる中、赤い胸板、腹板、袖板、襟回しを橙の組紐で結んだ鎧を着けた女武者が号令する。
『お主らの命数はまだ尽きておらん、帰って奉公せよ』
 その女武者が剣を振りかざすとその先に黄金の鳥が止まり、すぐに飛び立つ。男たちが駆け足で黄金の鳥を追いかけてゆく。
 古相寺も慌てて女用の鎧を着け走り出そうとすると女武者が笑って言葉をかける。
『お前は刀より口を使うのじゃぞ』
 古相寺は頷き『わかりました』と返事をした。

 そこで、目が覚めた、というか瞼が開いたらいきなり松丸が見詰めていたのでびっくりする。
「松丸はん? ここは?」
「目が覚めたか、よかったで。ここは皇居の御文庫ちゅう建物の中や」
「どないして?」
「恐ろしくて忘れてしもうたんやな。美穂さんはな半蔵門で陸軍少尉にいきなり拳銃で撃たれたんや」
「……そうやった、早う陛下のとこに行かんと」
 古相寺が上半身を起こそうとする肩を松丸が押さえつける。
「動くのはまだ無理や。銃弾が心臓の傍まで入ってたんやで」
 脇の鉄の架台に点滴の瓶がありそこから輸液が古相寺の
「そうなんや」
「ああ、でもなサムハラの神字がお守り袋から剥がれて銃弾が進まんように包んでくれたんや。美穂さんのお守りだけでは足らんで俺のサムハラのお守りからも霊符と表の神字の紙がいつのまにか移動して美穂さんの血管の傷を覆って出血を止めてくれたんや」
「ほんまに?」
 松丸はポケットからサムハラの紙を出して見せた。
「ほら、美穂さんのお守りもたいしたもんやな。でもそれだけでないで、壬生野が天神結社に電話して頼んで、知子さんが伊号第12潜水艦の乗組員に続いて意識不明だった美穂さんを秘術で蘇らせてくれたんや」
 古相寺は潤んだ瞳で松丸を見詰め返した。
「うち、そんなに危なかったんやね?」
「ああ、しかも皇居には外科医がいないため手術したのは内科医だし、この時代の技術じゃたぶん胸に傷痕が残ってるやろうな。でも俺が貰ってやるから心配すんな」
 古相寺は頬を赤らめた。
「松丸はん、どさくさにまぎれてそんなこと言いはって」
「悪かったか?」
「ううん、ありがとう」
 古相寺は礼を言って返した。
「で私の胸、見はったの?」
「見、見てないよ、きつく目をつぶっとったから」
「じゃあ私の右の乳首がふたつあるんも見てないんの?」
「えっ、そうなんか?」
 松丸が驚くと古相寺は笑った。
「嘘よ、もし松丸はんが見てはったらそんなのなかったぞと言わはるでしょ」
「そうか。えらい技使うんやな。先行き思いやられるわ」
 松丸は古相寺に顔を寄せて二人はキスを交わした。

    ○

 昼前に甘露寺が診察室にやって来て医師松沢に挨拶した。
「先生、こんにちは」
「やあ、甘露寺次長、どうされたのです?」
「昨日の巫女はどうなりました?」
「元気になりました。現場は見てませんが、ざっと三千㏄以上の大出血をした筈ですから驚異的な回復ですよ」
「お上に拝謁する前でしたから、ありがとうございます。顔を見たいのですが」
「どうぞ、奥の宿直室にいます」

 甘露寺はドアをノックして入り、松丸に会釈すると古相寺の顔色を確かめた。
「よかった、よかった。古相寺さん、一時はどうなることかと思いましたぞ」
「心配かけて申し訳ありません。陛下はどうされてますか?」
「実はこの後、お上は散歩のついでにこちらに立ち寄り、古相寺さんを見舞う予定にしています。私はそのために様子見に来たのです」
「そうですか、よかったです」
 そこで松丸が聞いた。
「徹底抗戦派は陛下が降伏しても危害は加えないでしょうか?」
「さすがにそれはないと思いますよ。彼らにはお上が絶対なのですから」
「それならば安心です」

    ○

 裕仁天皇は皇后を連れて診察室にやって来た。後ろには甘露寺侍従次長が控えている。
「松沢、巫女は無事だそうだね?」
「はい、本来なら即死でもおかしくない程でしたが、お守りに助けられたようです」
「それはよかった」
 裕仁天皇はよほど嬉しかったらしく声が裏返りそうになった。

 裕仁天皇は案内されて古相寺の顔を見る。
「お守りで助かったか?」
「はい。陛下の御前でこのような姿勢で申し訳ありません」
「構わぬ」

「昨日は大事な戦果がありました。前に米国が使うかもしれぬと申し上げました新型爆弾ですが、もはや完成して日本攻撃のために巡洋艦で前線に運ばれる寸前でした。
 それを八咫烏に属する者が公式記録では沈没とされてる伊号第12潜水艦で撃沈し阻止しました」
 古相寺はコード端末機から転送された写真を裕仁天皇に見せた。

 そこには沈没途中のインディアナポリスを背景にしてマクベイ艦長と白岩大佐が握手していた。
「これはすごいね」
「ええ。素晴らしいお手柄です。しかしこれで米国が降参するわけでもなく、米国の生産力は日本の千倍あることをお考え下さい。
 米国では次の新型爆弾がどんどんと完成しており、来月には日本の大きな都市に落とされて十万単位で国民が犠牲になります。これは人道的にも許されませんし、日本にとっても国家存亡の危機といっても過言ではありません」
 裕仁天皇は厳かに頷いた。

「私を襲った者は徹底抗戦派の陸軍将校らしいですが、彼らにはこの行く末が全く想像出来ていないのでしょう。
 しかし陛下にはお力がありますし米軍も宣伝されるほど鬼畜ではありませんから、講和は早期であれば早期であるほどずっといい未来復興が開けます。
 明日にもポツダム宣言が出されるでしょうから、鈴木首相から新聞に対してポツダム宣言を受けて重大な決意で検討中であると答えさせて下さい。新聞にははっきり言わないと徹底抗戦派に忖度した記事ばかりになってしまいます」
 実際、歴史では(和平交渉の含みは持たせるが政府としての意思表示はまだしない)という鈴木首相の思いは軍部の要請もあり「ポツダム宣言は黙殺する、あくまでも戦争遂行に邁進する」という内容に後退してしまったのだった。

 さらに古相寺は注文をつける。
「御前会議については鈴木首相によく噛んで含めるように諭して数日後には開いて下さい。同票または一票負けでもよいので議論の出尽くした頃合いに聖断を仰ぐというふうに陛下の御発言を求め、陛下のお考え通りに議決する、そのための会議です。
 戦争であれ勝負事は始める時より終える時が何倍も難しいと聞きます。
 何卒、陛下のご賢明なる指導力で国家を護持し、愛すべき国民と美しい山河を守る講和をお願いいたします」

「うん、古相寺の意見は臣下のタレよりも貴重だね」

    ○

 ポツダム宣言全文は7月27日朝6時のサンフランシスコのラジオ放送から外務省が入手した。
 翌28日には戦争最高指導者会議が開かれてポツダム宣言を巡り意見が二つに分かれたが、これは軍部が鈴木首相に圧力をかけるのを逸らすためであった。

 7月30日御文庫附属室の強化工事が完成し宮内省に引き渡し。
 近衛第一師団の中隊長勘有院茂彦は大佐に昇進し大隊長となった。そのうえ常駐親衛大隊として御文庫及び御文庫附属室を守ることとなった。兵力は歩兵中隊3に、機関砲中隊1、機関銃中隊1である。いうまでもなくポツダム宣言受諾を巡り徹底抗戦派の暴走を睨みつけるためだ。

 7月31日夜10時、御文庫附属室における初めての御前会議が開かれる。
 出席者は鈴木貫太郎首相、東郷外相、阿南陸相、米内海相、梅津陸軍参謀総長、豊田海軍軍令部総長であったが、陸海軍人四人は会議室に入るなり天皇の玉座の脇に天井に届きそうなほど高く掲げられた錦の御旗に度肝を抜かれた。それは朱の縦長の布地に金糸の刺繍で菊花紋が施された美しい御旗であった。

 会議が始まると東郷外相が宣言受諾を述べ、阿南陸相が本土決戦を主張、米内海相は東郷の受諾説に賛同したが、豊田海軍軍令部総長が本土決戦を支持、梅津陸軍参謀総長も本土決戦支持で2対3となり本土決戦派が優勢となった。
 進行役の鈴木首相は態度を表明せずに、裕仁天皇の御前に進み出る。
「議論はいつも通りの成り行きにて議決できません。しかし結論を出す猶予は一刻とて残っておりません。誠にもって畏れ多く、異例中の異例ではありますが陛下のご聖断を拝して会議の結論といたしたく存じます」

 鈴木首相が自席に下がると裕仁天皇は口を開いた。
「米国は恐るべき新型爆弾開発に成功していよいよその爆弾は何日か後には我が国の都市に落とされると聞いた。この爆弾は一発で都市の建物を全て瓦解させ、十万の人々を焼き尽くすという人道に反した悪魔の兵器である。これを落とされたら九十九里に防衛の要塞を構えようとももはや意味がない。抵抗して民の多いところから焼き払われては国家が成り立たない。
 そもそも九十九里の要塞もまだ完成しておらず、飛行機も作れず、師団の武装や燃料さえ不充分で、不発爆弾の鉄を溶かしてシャベルを作ってるというではないか。この状態でどうやってどこの軍と戦えるというのか。
 最後まで朕を守り、国体を護持せんとする軍人たちの忠勇の心は誠にありがたいものであったが、これ以上、一人でも兵士や国民が犠牲になるのを見るのは真に耐え難い。ここは忍び難きを忍ばねばならぬ時が来たのである。
 自分は涙をのんで受諾に賛成する」
 裕仁天皇の言葉にあちこちから嗚咽が響き、鈴木首相が「只今の思し召しを拝しまして会議の結論といたします」と宣言した。

 翌8月1日、日本がポツダム宣言を受諾したことが各国に通知された。

    ○

 参拝客がひと段落した昼下がり。駐車場から見えないように青いシートが張られた神社の東屋に、秘巫女の旭子を筆頭に、巫女の壬生野、奥山、塔柿、橋口、菊高、そして島崎技術部長が揃ってタイムダイバー隊の到着を待っていた。

 不意につむじ風が吹き付けて、砂を舞い上げる。
 強力な小さな光の帯が何本か宙を行き交うと物置小屋のあたりに黒い靄が立ち込めた。
「いよいよ来そうですね」
 旭子の言葉に壬生野が頷く。
「はい、長かったです」
 
 一瞬で五人のタイムダイバー隊が姿を現した。
 男たち白岩、望月、矢吹、松丸は揃って白い第2種軍装と制帽を着用して行きの国民服姿と比べると格段に凛々しい姿だ。
 古相寺は昭和の公子に貰ったのであろう真新しい巫女服と千早を着ている。

 男たちは松丸を除いて素早く駆け寄って旭子の前に整列した。古相寺は胸に大怪我をした後だけにまだ駆けることはせずにゆっくりと歩き、松丸はそれに歩調を合わせて歩いてゆく。全員が一列に揃うと白岩が号令をかける。
「秘巫女旭子様に敬礼」
 男たちは海軍の敬礼だが、古相寺は合掌してお辞儀した。
「我ら、桜受のタイムダイバー隊、無事に任務完了して全員帰還しました」

 白岩の言葉に旭子が目に涙を浮かべて頷く。
「ほんにようやってくれたわ。お前たちは桜受の、いや八咫烏の誉、誇りやで」
「まあわしらなら当然、期待通りの結果ですがな。大層言わんといてください」
 そう言って白岩は矢吹と望月を呼ぶ。
「二人ともちょっと来い。これから休憩室で卓球の総当たり5回戦するで」
「まだあきらめてないんすか」
「腐っても白岩さまやな」

 旭子は古相寺に近寄って涙を流しながら抱き寄せた。
「古相寺、ようやったな。大怪我までして、ちゃんと裕仁はんの説得をばやり遂げてくれて、嬉しくてたまらんわ」
「旭子様はちょっと見んうちに涙っぽくなったんと違いますか」
 壬生野が寄って来る。
「美穂、失礼やで。でもそういう物怖じせん言い方聞くの久しぶりや」
 そして旭子は重大なことを古相寺に告げた。
「古相寺をうちの後継者に決めたで、よろしう頼みますよ」
「あっ、ありがとうございます、旭子様!」
 そこで松丸は青くなった。せっかくいい感じになってきたというのに秘巫女候補にされたら、霊力の障害になる男との交わりはご法度になるのである。
「ちょっと待って下さい、古相寺さんよりもっとええ巫女さんがおるんと違いますか?」
 松丸の訴えを当の古相寺が却下してしまう。
「私は嬉しいのに、なんで松丸はんは邪魔しはるん?」
「だって候補にされたら何十年先に秘巫女を降りる時まで結婚できんやないか」
「ああ、そういうこと。でも秘巫女を卒業したら結婚出来るんやし構わんけど」
 壬生野は心の中で叫んだ。
(出た~、美穂の天然砲炸裂やな、もう松丸はん泣いとるで~)

 そこへいかつい男二人と女二人が手に段ボール箱を持ってやって来た。
 近づいて来るとそれは天神結社の知子、美音、汽車、斎藤の四人だ。
「本日はおめでとうございますなあ」
 旭子が驚いて聞く。
「知子はん、どうしましたの?」
「うちらは今、宅配のバイトしてまんのや、ご依頼主は地祇結社の輝子いう方で、杏仁豆腐とフルーツ五十人前です、今テレビ電話繋がってる筈ですわ」
 知子は旭子にタブレットを渡すと、画面に巫女の美女が映っている。
『こんにちは、旭子はん、素晴らしいことなされましたなあ! タイムダイバー隊無事帰還、おめでとうございます!』
『こんにちは輝子はん、ていうか初めましてですな、以後お見知りおきくださいませ』
『初めまして。こちらこそよろしうお願いしたします。杏仁豆腐はうちの大好物なんですけど、お好みでフルーツ増し増しでお楽しみ下さい』
『ありがとうございます。それでは遠慮なく頂きます』

 挨拶を交わしてタブレットを返すと、古相寺が知子に近寄ってお辞儀する。
「私、知子様に命を助けられた古相寺です」
「ああ、あなたが古相寺さんなんやね。無事で何よりでしたな。あなたを助けろとうるさく言うて来たのがこっちの秘書美音ですよって、礼はこっちにも言っといてください」
「はい、美音さん、ありがとうございました」
「私は取り次いだだけですので」
「杏仁豆腐、食べていきはるんでしょ?」
「それは知子さんのお許しがあれば」
 美音が言うと知子が号令した。
「じゃあ宅配バイト組も杏仁豆腐頂いてから帰るよ」
 賑やかな帰還パーティーになりそうな桜受家であった。     完
 

 

 

 

 つづく