追試
ショックだ。人生初めての追試だ。
木佐間亮は放課後残って、追試を受けるはめになった。
科目はもちろん数学だ。
クラスの三分の一ぐらいが教室に残った。
とほほ、俺の数学の実力はクラスの三分の二より下ということだ。
教師は入室すると出欠を取って言った。
「よし、じゃあ不要なものはしまって。
携帯もしまえ。
計算尺も電卓もだめ」
田中が言った。
「電子翻訳機はいいすよね?」
教師が却下する。
「何に使う。電子翻訳機もだめだ」
真由美が聞く。
「DSはいいですよね? 行き詰ったらリラックスしたいです」
教師が却下する。
「DSもだめだ」
「眼帯はいいすか?」
川藤が訊くと、教師はそっけない。
「診断書のない眼帯、包帯もだめ」
柴崎が冷やかす。
「お前の通魔眼を封じられたな」
「ああ、最後の希望だったのに」
川藤は頭を抱えた。
「ペンダントはいいですよね、私はあのペンタグラムがないと魔法を使えないんです」
おバカなさやかが渇望した。
「だめだ! いいか、お前たちに朗報だ。
今回は校長から簡単にしてやってくれと頼まれて、うんとやさしい問題にしてある。呪文も覚えられないお前らのために魔法を使えなくても解けるようにしてあるからな。
安心して皆で及第点を取れ。
じゃあテスト用紙を配るぞ」
問題が伏せて配られて全員に行き渡ったところで、教師は言った。
「問題をよく読んで、解くように。わかったな。それでは始め」
ひっくり返して亮はあっと唸った。
クラスの誰かが思わず「これはこの前のテスト」と小さく口走ったのが聞こえた。
教師の注意が飛ぶ
「そこ、私語禁止」
そうだ、この前の本テストと同じ問題だ。ただ答えが前回は空欄を埋めるものだったのが四択にやさしくなってる。
たしかに正解確率はアップするだろう。
だが、教師は勘違いしている。
これではこの前と問題のレベルそのものが変わらないではないか。
この前だめだったやつに、同じ問題を出したって、復習なんかほぼしないんだから何の救済にもならないぞ。
亮はおぼろげな記憶を頼りに問題を計算し出した。
「問題をよく読めよ」
教師は歩き回りながらあちこちで足を止めて何度もそう言った。
教師は亮の前でぴたりと足を止めて、二度も繰り返した。
「問題をよく読めよ。落ち着いて問題をよく読めよ」
計算に脳力の99%を占領されてる亮はむっとして言った。
「すみません、気が散るので黙っててください」
教師は「そうか」と言って静かに去った。
やがて時間が来て追試は終わった。
亮はほっとした。
なんとか赤点はクリアできたと思った。
すると、他のやつらは意外なことを喋り出していた。
「俺、もしかして人生初の百点満点かも」
「あ、あたしも。チョー簡単だったよね」
「あれで百点取れないなんて本物のバカだよな」
「百点以外は人間じゃないだろ」
えっ、いくらなんでもそこまで簡単じゃないだろ。
亮が怪しんでいると、クラス一のバカとの判定が定着してる魔術狂いのさやかが訊いてきた。
「亮は必死になんかコツコツ書いてたね」
「いや、復習してなかったから計算するのにえらい時間がかかってさ」
「えっ」
いくつもの机が床に引きずられる音が響き、全員が亮のまわりに集まった。
「お前、人間以下決定!」
「こんなバカいないよね」
「いじめになるから死ねとは言わんが」
全員が爆笑した。
「な、なんだってんだよ?」
亮が泣きそうになるとバカな筈のさやかが教えてくれた。
「普通はさ、問題文の最後に『正しいと思う番号に○をしなさい』てあるでしょ。
だけど今日のテストは、その最後のところが、たとえば『正しい3番に○をしなさい』て超親切に書いてあったじゃない。
だから問題の最後に書いてある同じ番号に○するだけでよかったんだよ。
あれだけ先生が繰り返して問題をよく読めって言ってたのに、亮は問題の最後までよく読まずに正直に自力で解いてたんだね」
亮の頭は真っ白になった。
問題文なんていつも同じだと決めつけて途中までしか読まなかったのだ。
誰かがさらに追い打ちをかける。
「そういや、あれ、亮か、問題よく読めって言ってる教師に黙ってろっとか言ってたの」
どっと笑いが起きる。
「あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ー」
亮は頭を抱えて叫んだ。 了
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません