改訂版ドルフィン・ジャンプの24 爆弾!

2023年5月28日

改訂版ドルフィン・ジャンプ全29章 目次です

ドルフィン表紙

 

  24 爆弾!

 ついにマリア・グリーンのコンサートの日が来た。
 空に薄い雲が幾重にもたなびく下、観覧車とジェットコースターが見える。隣にはサンタモニカ桟橋が太平洋にまるで釣竿を伸ばすようだ。
 それを北西に1キロほどいった砂浜がマリア・グリーンのチャリティコンサートの会場だった。砂浜に突き出た駐車場に運転台を切り離された大型トレーラーが側面の大きな上下のウイングドアを海に向かい斜め上に開いている。
 上に開いたドアは、そのままワイドビジョンとなっていて、今はサンタモニカ桟橋を映し出している。
 下に開いたドアはトラックから2メートルはみ出し、ステージを広げている。トレーラーの中と、その左右には大型のスピーカーが設置されている。
 コンサート開始までまだ三時間あるが、用意した折りたたみ椅子の五百席が徐々に埋まってゆく。

 一方、コンサート会場を見下ろせる駐車場の真ん中に1台のキャンピングカーが、さらに出入り口付近に3台の大型ワゴン、さらに奥に1台の大型トレーラーとミニバス1台が停まった。トレーラーは背中にロケットの胴体のような筒を倒して載せている。
 ワゴン車の1台は屋根に大きなアンテナがついており、別のワゴン車から降りた緑のトレーナーの男が太い電源コードを引っ張って接続した。
 キャンピングカーのスライドドアが開くと緑のトレーナーを着てショルダーバッグを下げた筋肉質の男が二人降り立った。男は利き手をショルダーバッグの中に入れて周囲を見回した。続いてヘルメットをかぶった細身の男が降ろされた。フィリップだ。さらに筋肉質の男が一人、ヘルメットをかぶった理沙の腕を掴んで出て来た。
 フィリップも理沙も黄色いトレーナーにジーンズという恰好だが頭に被ったヘルメットはまるで宇宙飛行士の物のように幅があり、顔を覗き込まれないためにか黒いバイザーが半分下げられていて異様な感じだ。
 最後に麻のジャケット姿のカークスが車から降りてフィリップと理沙に念を押す。
「いいな、こちらからの指示は随時入るようになっている。
 会場でテレパシーの覚醒した人間を見つけたら、すぐにヘルメット首側のボタンを押して私に連絡するんだ。フィリップ?」
「わかった」
「リサはわかったか?」
「ええ」
「ヘルメットを外そうとしたり、誰かに助けを求めたり、自分の名前を告げたり、変な動きをしてみろ、爆弾が作動してお前らの脳みそを吹き飛ばすぞ。もちろんフィリップの大事な妻と娘、リサの恩人の妻の命もない」
 フィリップは「どうか妻子には手を出さないでくれ」と懇願し、理沙は唾を飲み込んで「わかってる」と頷いた。
「それから、リサは赤ん坊の人形を抱いてゆけ」
 そういってカークスは、部下たちに理沙に赤ん坊の人形を胸に抱いた形になるようにおんぶひもをつけさせた。
 赤ん坊の人形は非常に精巧に作られた既製品のようだった。
 だが妙に重たいように感じる。
「絶対に落としたり、体から外したりするなよ」
「これも爆弾なのね?」
 理沙が開き直って聞くとカークスが苦笑した。
「いい勘だな。人形が爆発したら会場全体が吹き飛ぶ。俺たちは安全なここから監視してるが、もし変な真似をしたり誰かに助けを求めたりしたら、すぐに爆発させるからな。もちろん会場のどこかにいるルークも必ず射殺する」
 理沙は唇を噛んだが、すぐに聞き返した。
「じゃあ、ちゃんと静かにしてればそっちも何もしないでくれる? 約束してよ」
「当たり前だ、こう見えても私は紳士なんだ。無益な殺しなどしない」
 理沙はカークスの嘘っぽい言葉に虫酸が走ったが、その言葉に縋り信じたかった。
 テレパシーの覚醒なんて、もう起こらなくていい。ただ何事もなくコンサートが終わってくれればいい。理沙はそう願わずにはいられなかった。

  ◇

 ベアリーはカンパの箱の前で訪れる人々に声をかけ礼を言っていた。
 そこへ大きなヘルメットをかぶったカップル、フィリップと理沙がやって来た。理沙はおんぶひもで胸に赤ん坊を抱いている。
 フィリップと理沙にヘルメットに組み込まれたスピーカーを通して指示が入る。
「ポケットに十ドル札がある。それを箱に入れて会場に入るんだ」
 まずフィリップが指示の通りに十ドル札を入れ、続いて理沙が十ドルを箱に入れると、ベアリーが礼を言う。
「ありがとうございます」
 理沙はベアリーの顔を見つめて、私のことをルークから聞いてないか、何か特徴を知っててくれないかとテレパシーで探ってみる。
 ベアリーの意識に先輩のルークを助けようとか、理沙やハルバート夫妻やアランを救ってあげようという気持ちはあるのだが、具体的な理沙の特徴や容貌は伝えられていないようだった。
 理沙は溜め息が出そうなのをこらえて、それでも何か話しかけようと思った。
「あの」
「はい」とベアリー。
「その」
 理沙は、ここはなるべくおかしな質問がいいと咄嗟に思いついた。印象に残り、後でルークに笑って報告するような……。
「託児所はないんですか? 普通、コンサートには託児所とか、そう、それにイルカの休憩所くらい用意するのが常識だと思うけど」
 ベアリーは目の奥がひっくり返りそうだった。託児所でも珍しいのに、イルカなんて連れてないのに休憩所だなんて何を言い出す女なんだろう。
「はあ」
「だから両方使いたいんだけど、託児所とイルカの休憩所はないんですか?」
 しかもコンサートに赤ん坊を連れて来てでかいヘルメットをかぶってるなんて妙だ。世の中にはおかしなやつがいるもんだなあとベアリーは思った。
「す、すみません。どちらも用意してないんです」
「託児所もイルカの休憩所も、どちらも?」
「申し訳ありません」
「じゃ、今すぐ上司に報告して私の席に謝りに来てほしいわ」
「は、はい、わかりました」
「早くしてね。私は、そう、あの椅子席の真ん中ぐらいに座るから」
 理沙は指差して言うと、ベアリーがルークにおかしな客についてすぐ報告するように祈りながら、その場を立ち去った。
 フィリップが前を向いたまま小声で聞いてきた。
「今の会話のやり取りは何のつもり?」
「このコンサートは私の仲間が企画したの。だから彼らの注意を引けば気がついてくれるに違いないと思って」
 フィリップは迷惑そうにそれでも前を向いたまま言った。
「奴らを刺激するようなことはやめてくれよ。僕の妻子は奴らに囚われてるんだぞ」
「私たちを救い出してくれるかもしれないでしょ?」
「忠告しとくよ。奴らは特殊部隊を全滅させるほど手強いんだ。素人がいくら立ち回ったって勝てっこないんだよ。残念な話だけどな」
 理沙は溜め息を吐いた。家族を人質に取られてるフィリップにしたら奴らに逆らうなんて考えられないのだ。理沙は詩篇第八十六篇を呟いた。

  主よ、あなたの耳を傾けて、わたしにお答えください。
  わたしは苦しみかつ乏しいからです。
  わたしのいのちをお守りください。
  わたしは神を敬う者だからです。
  あなたに信頼するあなたのしもべをお救いください。
  あなたはわたしの神です。

 しかし理沙の願いも虚しく、ベアリーはヘルメットをかぶった変わった女の事をすぐルークに報告しなかった。

  ◇

 キャンピングカーの運転席に陣取ったカークスは双眼鏡で砂浜のコンサート会場を眺め渡してつぶやいた。
「コンサート開始まで一時間、立ち見客が出てもスペースから千三百人止まりだろう」
 カークスは小さなヘッドセットで運転席の上に突き出た寝台で銃を構えている狙撃手を呼び出して聞く。
「どうだ、ソナーは見えるか?」
「はい、カークス司令。椅子席の真ん中、やや後方にソナー二人が並んで着席しています」
「照準はとりあえず女のソナーに当てておけ」
「了解」
 狙撃手は開け放った小さな窓から狙撃ライフルを構えていた。照準スコープの十字線で捉えているのはヘルメットをかぶった理沙だ。バイザーで顔の上半分を覆っているので目の表情はわからないが、唇を噛み締めて緊張しているのは察することができた。

  ◇
 
 コンサートスタッフの控え室である改造バスのドアがノックされた。
ルークがドアを開けると、そこには巫女服を来た若い日本女性が立っていた。
「はじめまして。私は日本から来ました」
「わざわざ日本から? ありがとう、僕はルークだ」
「私は機織和歌子、よろしくお願いします」
 ルークの日本人差別意識はもう消えていた。彼は黒髪に金の飾りを着けて巫女の白い千早に鮮やかな紅の袴といういでたちの和歌子と握手して室内に招き入れた。
「カノン、こちら、日本から来たハタオリさんだ」
 すぐにカノンが歩み寄って握手した。
「よろしく、素敵な衣装ね。あ、そうか日本の国旗と同じ色使いね」
「そういうわけではないと思うけど、機織和歌子よ」
「僕らの仲間にもリサ・ヤマモトというイルカトレーナーの日本人がいるんだが、残念ながら今は事情があって紹介できないんだ」
「そうなのね」
「でもよくこのコンサート開催を知ったね? 日本じゃニュースにならないだろう。あ、もしかしてハタオリさんもテレパシーを使える?」
「残念だけどテレパシーは使えないの。ただ時々、神様からご神託を頂くことはあるわ。今回はそれで来たの」
「話が見えないな」
 機織和歌子は頷いて答えた。
「私の奉仕する神社ではアメノスバルメの命という神様をお祀りしてるの。その神様から一昨日、『東の国のモニカの海辺で行われる集いにアヲヒトグサの運命がかかっておる』というお告げがあったの」
「アヲヒトグサって何?」
「人間とか人類という意味ね」
「うん、確かにそうなる可能性はあるね」
「私も微力ながらこの集いの成功を祈るために飛んで来たんです」
 するとカノンが「わかった」と声を上げた。
「ハタオリさんの恰好は祈りのスペシャリストの恰好なんだね」
「ええ、カノンさんの推理でだいたい合ってると思うわ」
「日本の神社って古いってママから聞いたことがある」
「そうです。私の奉仕する神社は西暦五百年にはあったと考えられてます。実際のスタートは紀元前五千年まで遡るかもしれません」
「すごい、それじゃあエジプトとおなじぐらい?」
「日本人はユダヤから来たという日ユ同祖説があるけど、私は陰謀側のミスリードだと思います。実際はある時期にバベルの混乱を収めるために創られた日本人が世界へ人材を派遣していたのだという言い伝えがあります」
「へえー、バベルの塔のお話は私も問題の始まりだと思ってたから話が合うかも」

 ルークが二人の会話に少し呆れてると、再び、ドアがノックされた。ルークがドアを開けると今度はインド系の彫りの深い茶色い瞳の美しい女性が立っていた。
「あのルークはいますか?」
「ルークは僕だけど、あなたは?」
「私はキャロル・ナヤール。リサのことが心配ね」
 キャロルはそう言ってルークをハグして背中を優しく叩いた。
「ありがとうキャロル。でもきっとリサは元気でいるよ。僕にはわかるんだ」
 キャロルはハグを解いてルークを見詰めた。
「役に立てなくてごめんなさい」
「いや、キャロルが謝ることないよ。君はいろんなところを探してくれた。だからありがとうと言わせてくれ。それに今日のコンサートで何かが変わってリサが戻って来るかもしれない」
「そうなの?」
「そう思いたいんだ。キャロル、マリア・グリーンに会ってゆくかい?」
 キャロルの小さく開いた口元に喜びが浮かんだ。
「あ、私はルークを励ましたかっただけなのにいいの?」
「いいよ、ちょっと待って。マリアに聞いてみるから」
 ルークは奥の部屋に走るとすぐに戻って来てキャロルに手招きした。

  ◇

 ベアリーの前にひと目でテレビ局の取材スタッフとわかる三人が現れた。
「初めまして、SCテレビのサイイドと言います。取材したいんですが」
「ああ、SCテレビさん。先輩、あのルークから話は聞いてます」
「ええ。その時はご期待に添えなかったんですが、昨日、ルークさんから是非コンサートの宣伝をしてくれと言われて走ってきたんです」
「ありがとうございます。今、楽屋にご案内します」
 ベアリーはルークに電話するとチャリティの箱だけを残して取材スタッフを連れて控え室に向かった。

  ◇

 海沿いの道に向けて楽屋であるバスの窓は内側からカーテンで覆われ、屋根には『ガイアに感謝! マリア・グリーン・チャリティーコンサート』と看板が掲げられている。
 楽屋には、ルークやカノン、ハタオリ、キャロル、そしてバンドマンとドレスを着たマリア・グリーンがリラックスして談笑していた。
「最初、曇り時々雨の予報だったのにたくさん人が来たな」
 ルークが言うとカノンが返す。
「マリアさんの生の歌が何曲も1ドルで聞けるんだもん、たくさん来るわ」
 皆がドッと笑い、ルークがひやかした。
「なんだ、カノンはお客だったらチャリティーに1ドルしか出さないつもりなのか」
「じゃあ5ドル。だってあんまり出すと曲が買えなくなっちゃうもの」
 頬を赤くしたカノンが言うと、マリアがフォローした。
「嬉しいな。カノンちゃんのおこづかいが減らないように、今度からは新しい曲が出るたびにカノンちゃんに送ってあげるわ」
「本当に?」
「もちろん」
「ありがと、マリアさん」
「でも、晴れてよかったわ」
 マリアが言うと、ルークが指を立てて咳払いした。
「んんっん、晴れ男の僕のおかげだよ」
「あれ、私はお兄さんがそばにいると水に落ちてばかりだけど」
「あれっ、そう言われるとそうだな」
 カノンのひと言をルークが認めるとみんなが爆笑した。
 
 その時、ドアがノックされた。
「ベアリーです。SCテレビのサイイドディレクターとクルーがおいでです」
「今、開ける」
 ルークは急いでドアを開けて、サイイドたちを迎えた。
「やあ、来てくれて嬉しいです」
 サイイドはルークと握手を交わした。
「元気そうですね。お招きありがとうございます。
 ところで例の話はその後どうですか?」
「悔しいけど、証拠はまだ見つからないんですよ」
「そうですか、情報を掴んだらください」
「ありがとう、サイイド」
「早速うちにひとつコンサート中継の依頼が来てるんですよ。どうしますか?」
「中継? すごいじゃない! 俺は大歓迎なんだけど、出演料とかマリア・グリーンさんに聞いてみないと。マリアさん」
 マリア・グリーンは椅子から立ち上がると会釈した。
「はじめまして」
「はじめまして。SCテレビのサイイドといいます。マリアさん、中継の許可は頂けますか?」
 サイイドは申請者から送られてきた書面をマリアに見せた。
「ふうん、金管楽器の集会ね、オーケーよ。今回は事務所管轄ではない手作りコンサートだから弱小な組織でも構わないわ」
「ありがとうございます。では後で署名下さい」

 サイイドがマイクを向け、スタッフがカメラをまわしインタビューが始まった。
「今回、このチャリティコンサートをしようと思ったきっかけについて教えていただけますか?」
「実はこのコンサートの主催はそこの女の子カノンちゃんなんですよ。ルーク、カノンちゃんでいいですよね?」
「ええ、もちろん」
 カメラが向くとカノンは恥ずかしそうに手を目の横に上げ指先をひらひらさせた。
「それでこの子との出会いはどういう?」
「カノンちゃんとは喫茶店で偶然会って大事なのは調和だって意気投合したんです」
「なるほど」
「カノンちゃんはすごくしっかりした考えを持ってて、詳しいことは後でステージでカノンちゃんが演説しますから、それを撮影するのが一番わかりやすいと思います」
「やだあ、マリアさんたら演説だなんて、そんな風に言われたらめちゃめちゃ緊張しちゃうよ」
 笑い合っているマリアとカノンは歳の離れた姉妹のようだ。ルークが笑っていると、ベアリーが隣に来て耳打ちした。
「先輩、先輩の誘った反戦グループが三つ来ましたよ、人数は合わせて百人ぐらい」
「そうか、よかった」
「ああ、それからさっき変てこなアベックも来たんすよ」
「変てこなアベック?」
「コンサートだっていうのに二人揃って空軍パイロットみたいな、どでかいヘルメットしてるんです。おまけに女は赤ん坊まで抱いてるんです」
「ふうん」
「それだけならまあ恰好だけですけど、女の言うことが非常識なんですよ。託児所とイルカの休憩所はあるのかって聞くんです」
 ルークは「エッ」と声を上げた。
「イルカの休憩所って言ったのか?」
「ええ」
 ベアリーは急にルークの目が睨みつけたような気がして思わず言い返す。
「ま、まさか、用意してあったんすか? 託児所とイルカの休憩所!」
「違う、そいつリサかもしれないぞ!」
 ルークはインタビューをしているサイイドに断る。
「すみません、ちょっとカノンちゃんを借りますね」
 ルークに手を引っ張られたカノンは聞き返す。
「お兄さん、どうしたの?」
「ちょっと」
 ルークが言うと、カノンはルークの意識を読んで顔をほころばせて聞く。
「本当に来たの?」
 ルークがカノンとバスの外に出ると、小声で言った。
「うん、そうかも。お客の中にリサが紛れているかもしれないんだ」
 カノンが頷いた。
「だから、ちょっとテレパシーで探ってみてほしい」
「わかった」
 カノンは目を閉じて理沙の心の声を探った。

 リサお姉さん、会場に来てるなら、この前みたいに私を探って。
 そしたら引き波でお姉さんの声をつかまえるから。
 リサお姉さん、私を探って、声を聞かせて。

 しばらくして、カノンがハッと目を開いた。
「お兄さん、大変だよ」
 さっきまでほころんでいたカノンの顔がみるみる蒼ざめてゆく。
「どうした?」
「リサお姉さん、やっぱり会場に来ている」
 ルークは思わず笑顔になりかける。
「ホントか? どこ?」
「椅子席の真ん中あたり。隣のひとは告発ビデオを撮影したフィリップって男のひと。とにかくリサはとても危険なの」
「危険って?」
 カノンはルークの耳に囁く。
「頭には嘘発見器みたいなヘルメットをつけられ、胸に抱いた赤ん坊の人形には爆弾がぎっしり」
「じょ、冗談だろ? なんのために?」
 カノンが口に一本指を立ててルークの大きな声を抑える。
「リサたちの仕事はテレパシーの覚醒が広がったかを確かめること。会場で一人一人の脳を調べるわけにはいかないでしょ、だからリサお姉さんに交信できる相手がいるか確かめさせるつもりなんだ」
「それでテレパシーの覚醒が広がったら爆発させるってのか?」
「そうみたい。悪い奴らは離れた安全なキャンピングカーから監視してる」
 ルークは地面を蹴り「どこまで汚いんだ」と叫んだ。
「みんなを避難させなきゃ」
 ルークは「うん」と即答してすぐ考え直した。
「いや待って。カノンが読んだ情報はリサがそう思った情報だけだ。最悪なのは避難しようとしたら爆発させるケースだ。とにかく下手に動いて相手を刺激するのは危険だ」
 ルークは最良の方法を考えながらカノンに言った。
「カノン、マックスは?」
「うん、近くの海まで来てる筈よ」
「じゃ、会場の波打ち際まで急いで来るように頼んでくれる?」
「わかった」
 そして、ルークはバスの中に顔だけ入れてマリア・グリーンを呼び寄せる。
「マリアさん、ちょっと」
 マリアは頷いてドアの外に出てきた。
「急なお願いですまない。曲だけど最初のうちは客が立ち上がって騒ぐようなノリのいいアップテンポのを続けてほしい。双眼鏡で監視してる人間がいるみたいなんだ」
「もしかして、巨悪組織が?」
「うん。奴らに気づかれずに会場に紛れ込んでいる友人と接触したいんだ」
 ルークの厳しい表情から大変なことが起きていると察して、マリアは即座に頷いた。
「わかった、ドレスをジーンズに着替えて1曲目から盛り上げるわ」
「ありがとう。恩に着ます」
「だけど私の持ち歌でその手のタイプは、そうね、あまり歌ったことのないのを含めてもせいぜい四曲ぐらいしかないの。その他の持ち歌は全部バラードになっちゃう」
「うん、ただ、もしカノンかベアリーが最前列で×マークを出してたら、不自然でも同じ曲を何度も繰り返して絶対客を座らせないで。たくさんの人々の命がかかってる」
 ルークの真剣な言葉にマリアは圧倒されながら頷いた。
「わかったわ」

  ◇

 大統領はホワイトハウス内ウェストウィングの地階にあるシチュエーションルームにいた。部屋には首席補佐官と国家安全保障局長官、CIA長官、国防総省長官も顔を揃えている。メンバーから国家安全保障上の重要な会合であり、しかも外交担当の国務長官が欠席していることから特殊な国内事案についての会合であることがわかる。

「前回の作戦失敗に関連して重要な情報を入手しました」
 ダグラスが切り出すと大統領は渋い表情をした。ダグラスは正面の壁の60インチのモニター画面に写真を映し出して報告を続けた。
「これは西地区ロサンゼルスの奴らの施設から港に投棄された男性の死体です。遺棄する時、その警備員は死体をリトマスと呼んでいました」
「もしやリトマス試験紙から名付けたのかな?」
 首席補佐官のハリソンが推察した。
「そうかと思われます。この死体に特徴的なのは側頭部から脳幹にかけて手術の痕跡が残されている点です。また脳波計を常時繋がれていた痕も明らかです。協力者の証言から敵はテレパシーの実験をやっていたようです。リトマスとは一般人のテレパス能力を調べる要員のことらしいのです」
 大統領の顔がさっと紅潮した。
「テレパシーだと。そんなふざけたものが実用になる筈がない」
 首席補佐官がCIA長官に顔を向けた。
「たしかトーマスのところで有効性は否定されたのではなかったかな?」
 CIA長官トーマス・サンダースが頷いた。
「そうです。テレパシーは陸軍が長年研究を重ねたものを我々CIAが引き継いで検証しました。しかし、訓練では幾度か不十分ながら成果を収めたものの、実戦では殆ど役に立たなかったというのが事実です。実用化は疑問ですな」
 ダグラスが咳払いをして言った。
「我々の手で成功できなかったことを奴らが完成させたのかもしれません。テレパシーで奴らが我々の部隊の動きを察知していたからこそ、我々の最も優秀な部隊が全滅した。そう考えると理由が納得できます」
「まさかテレパシーとはな。考えられん」
 大統領は腕を組んだ。
「現実に彼らは意識制御、テレパシー制御に関わるチップを持っているそうです」
 大統領が声を荒げた。
「じゃあ、奴らは俺のケツの毛の数まで知っているというのか」
 ダグラスは咳払いして律儀に答えた。
「透視であればそうですが、今回の能力はテレパシーに関するものですからご心配の件は大丈夫かと」
「サム、もしテレパシーを奴らが実用化してるとすれば我々はどうやって戦ったらよいのだ?」
 大統領は苛立ちをぶつけるように国防総省長官サムエル・ピーターソンに尋ねた。 
「非常に難しいことになります。そもそも敵がテレパシーを使用するという戦略シミュレーションがありません」
 重苦しい空気を断ち切るために首席補佐官が大統領に促した。
「かくなる上は例の作戦をすみやかに実行に移すしかありません」
 大統領は「うむ」と頷いて厳かに切り出した。
「奴らは連邦の一員でありながらテロリストと化した。もはや手段を選ぶ余地はない。これは苦渋の決断だが、奴らに戦略上のエッジを持たせる訳にはいかない。幸い、本日、敵の最重要人物が屋外に出てる。ダグ、そうだな?」
「はい。当該人物西部地区司令官カークスは現在、サンタモニカのコンサート会場付近のキャンピングカー内にいます」
 60インチのモニター画面にサンタモニカの衛星画像が映し出された。カメラがズームアップすると砂浜にたくさんの人々が椅子にかけているのがわかる。離れた駐車場にワゴン車とキャンピングカーが並んで止まっているのも見えた。
「奴を無害化する時は今しかない。サム、どうする?」
 大統領が話を国防総省長官に振るとサムエルは大きく頷いた。
「ならば大きなチャンスです。資料によると敵の施設は地下二階より下に位置するとのことですから空軍の強力な地中貫通爆弾バンカーバスター以外の攻撃は不可能ですが、浜辺の車中にいる現在ならば確実に仕留められます。ただテレパシーで察知されては部隊の接近が困難ですから遠距離から一気にミサイルで叩くのが良策かと思います」
 今度は首席補佐官が発言する。
「だが軍のミサイルを使うのは議会への説明が大変だ。トーマス、どう思う?」
 CIA長官トーマスは大統領との打ち合わせ通りに答えた。
「CIAの所有している無人攻撃機プレデターを使いましょう。ヘルファイアミサイルを使用するためコンサート会場の一般市民にもかなり犠牲が出るかもしれませんが、この機会を逃せば国家崩壊の危機さえ生じかねません。事件後、テロリストが攻撃してきて休暇中のFEMA地区司令官が殉職したというエピソードを広報官が公開することにして、ここは大統領には苦渋の決断をしていただくしかないと思います」
 大統領はテーブルの上で手を組んで頷いた。
「トーマス、何分で攻撃できる?」
「ロサンゼルスですから一時間以内に」
 そこでサムエルが何気なく聞いた。
「プレデターのパイロットはラングレーのCIA本部から操縦するのかね?」
「いえ、今回は現地に近いトレーラーから操縦します。我々はこういう時のためにゲームオタクを雇い無人攻撃機のパイロットとして訓練してるのです。ミサイル発射の後、特殊部隊がテロリストのトレーラーを制圧、口封じします」
 大統領が満足そうに頷いた。
「よろしい。トーマス、君のやり方で進めてくれ。諸君、40分休憩としよう」
 大統領はそう告げて首席補佐官と連れ立って部屋から出て行った。

つづく